ライフのコツ

2015.03.30

「国際バカロレア」に学ぶ"まなび"

「育てる」というよりも「育つ」手助けと仕掛け

国際バカロレア(International Baccalaureate以下、IB)をご存知ですか?IBというのは、国際バカロレア機構(本部ジュネーブ)が提供する国際的な教育プログラムであり、日本でも文部科学省が2018年には、導入校を200校にまで増やすと発表しています。IB認定校とはいったいどんな学校なのか。これまでの学校と何が異なるのか。IB専門メディアを運営され、ご自身のお子様もIB認定校に通っていらっしゃる山内学さんと、イギリスで4年半の間、IB認定校に通い最終成績で45点満点を取った経験を持ち、フェイスブックグループ「国際バカロレア・コミュニティ」を主催されている岡庭晴さんに伺った。

そもそも国際バカロレアとは?
国際バカロレアとは、IBが提供する教育プログラム。その主なものにプライマリー・イヤーズ・プログラム(初等教育/3~12歳 以下、PYP)、ミドル・イヤーズ・プログラム(中等前半教育/11~16歳 以下MYP)、ディプロマ・プログラム(中等後半教育/16~19歳 以下、DP)がある。 これらについて山内さんは以下のように詳しく教えてくれた。
「国際バカロレアというのはスイスのジュネーブに本部がある機構の名前です。そのIBが提供するプログラム(PYP、MYP、DPなど)を世界各国の認定校が運用して、こどもたちにそのプログラムに準拠した教育を行う、というのが基本的な全体像です。文科省の発表によると現在世界140以上の国と地域の約4000校(日本国内28校、2015年2月9日時点 )において実施されています」。
海外の教育と聞くと、何か限られた人たちの教育、と無意識に別世界のもののようにも感じるが、山内さんはむしろ「みんなのもの」だという。
「少し前のニュースで見たのですが、アメリカを例にとると、IB認定校が約1500校あって、そのうちの9割近くが公立校なんです。しかも、あえてスラム街や貧困地区にIBを導入することによって、犯罪率が下がったり、10代の妊娠率が下がったり、大学の進学率が上がったりという効果が出ていて、シカゴでは市長が率先してIBを進めています」。
さらに日本でも、導入校は増えているとのこと。
「文科省の発表から、大阪市やさいたま市のように導入検討している自治体もあります。また、都内でも導入が決まっている公立高校もあります。大学では、IB入試の実施校は増えていて、例えば、昨年度の入試では、筑波大学で、25学部で募集したところ、3学部に応募があり、2名合格しています」。
もともとは、英語教育が原則なのでインターナショナルスクールでの導入が多いが、一部の科目を日本語で授業を行うことが認められ、公立校でも導入校が増えつつあるうえに、大学入試で採用があるということは、今後耳にする機会が増えていきそうだ。
「IBでの大学入試は、今、ねらい目です!」と山内さん。
日本の学校カリキュラムとの違い
新しい教育プログラムとはいうものの具体的に現在日本の学校で行われている授業とIBのプログラムとは具体的にどんな違いがあるのか。
「IBのプログラムはいわゆる"探究型学習です"」。と山内さんは言う。
国語、算数、理科、社会、英語といった教科もあるが、その教え方が探究型であるそうだ。
例えば、PYPでは、国際教育の文脈において不可欠とされる人間の共通性に基づいた以下の6つの横断的テーマが中心となっている。
「私たちは誰なのか」
「私たちはどのような時代と場所にいるのか」
「私たちはどのように自分を表現するのか」
「私たちはどのような仕組みになっているのか」
「私たちは自分たちをどう組織しているのか」
「この地球を共有するということ」
これらの横断的テーマに取り組むことを中心として、決められた各教科に取り組む。山内さんがお嬢さんの学校の例で話してくれた。
「PYPでは、六つの横断的テーマのうちから一つを選んで、Central Idea(中心概念)を設定し、それについて1〜2ヶ月かけて取り組んでいきます。例えば娘が受けた理科の授業では、人間の体の仕組みについて他の生物と比べたりして学んでいました。どの動物を選ぶかは生徒に任され、彼女は大好きなアニメに出てくるカモノハシを選んだんです。最初に知ったことがカモノハシはほ乳類なのに卵を産むと言う事実。その驚きによって、好奇心が刺激されて、カモノハシについてどんどん調べていくんですよ。最終的には人間のことはほんの少しで、カモノハシについて長い長いレポートが出来上がるんですが、それも探究型学習のひとつの成果ですね」。
イギリスでMYPとDPを受けた岡庭さんの例はこうだ。
「象徴的な言葉にするとIBはずっと"夏休みの自由研究"をやっているかんじですね。レポート課題などで、調べ物などを行い、授業ではディスカッションも活発に行われました。日本の授業からすると唐突かもしれませんが、ビッグバン理論を小説にしてみようということもありました(笑)」
様々なレポート課題を行うことで、学ぶべき内容を探索したり、情報を選択したりするところから始めることとなり、それが学びの一歩にもなる。知識を一方的に与えられて蓄積するのではなく、学校で過ごす長い時間に、情報に対する態度や心構えを少しずつ鍛えていくというのは、社会にでても、役立つ力になるに違いない。岡庭さんは巷に溢れている"情報"についても、以下のように続ける。
「IBでは、新聞記事についてだけでなく、例えば文学作品や美術作品を勉強する際にも、本当にその情報が正しいのか、それはどこから発信された情報なのか、誰と誰にどういう利害関係があるのか、そういうことを常に調べます。その過程を通して、情報を一方的に受け取るのではなくて、相互の立場で認識する習慣を養うことができるようになりました」。
IBは、考え方や行動力などが鍛えられる魅力的な授業に感じる。一方で単純な知識など、覚えなければならないことはどうするのか。
「もちろん、テストでは基本的な知識も問われますから、元素記号を覚えたりする点は日本の学校と同じですよ」(岡庭さん)。
DPは、所定のカリキュラムを2年間履修し、最終試験を行い所定の成績を収めることで国際的に認められる大学入学資格である国際バカロレア資格が取得可能となる。しかもDPは国際的に最もレベルが高いとも評価されているという。
自由研究を行いながら基本的な知識を覚えるとなると、とても忙しいのではないか。現に、この日行われたセミナー「国際バカロレア経験者が語る、IBの今後と実際」には、岡庭さん以外にも3人のIB経験者の学生が登壇し「忙しい」のがデメリットだと語っていた。
一方で「物事を多角的に見ることが身につく」「批判的思考が身につく」「大学に入ってレポートの書き方が身についているので楽」などの意見もあった。
「とにかく勉強することが、楽しくてしかたなかった」と岡庭さん。
生徒一人ひとりを伸ばす教育
IBプログラムでは、基本的な「学び方そのもの」を重視していることがわかる。情報の取得から自分で考えて実行していく過程で、情報に対する基本的な反射神経として"好奇心"が不可欠だ。しかし、積極的に学ぶのが得意ではない生徒がいたり、誰でも時には積極的になれないこともあるのではないか。
「積極的に学ぶ姿勢は確かに皆がもっているわけではありませんでした。しかし、生徒の関心を伸ばせるカリキュラムではあると思っています。科目選択は幅が広く、またそのなかで出される課題も、事例や手法は生徒が選ぶ範囲は大きかったです。また、少人数クラス(25名以下)が基本と定められているため、先生も生徒一人ひとりをよく見てくれます」。
「それに・・・」と岡庭さんは続ける。
「なににも興味がないこどもなんて、いないと思います。ちょっとはなにかに興味を持っているか、まだ興味のあることが見つかっていないだけではないでしょうか。いろいろな課題を、半強制的にでも与えて、自分で考えて意見を述べたり、調べる方法から調べてみることで、達成感や関心が高められるような気がします」。
"学び方"を楽しめるようになれば、暗記すべきことも自ら進んで行いたくなるだろう。
高校3年生時の手帳。1日のやるべきことをリストアップして時間を記録しながら計画をこなした。課題量の把握と実行には地道さが要った。(岡庭さん)
美術のための調査と作品の構想・振り返りはアートブックにまとめて評価対象となった。(岡庭さん)
家庭でできるIB教育?!
家庭でこどもと向き合っていると、なんとなく子育ての理想像があるような気がして迷ったり、壁にぶつかることがあるはず。そんなとき、IB的な発想ややり方に何かヒントを見つけることはできないか。岡庭さんがホームステイで滞在した家庭のことを教えてくれました。
「実験キットがついているような雑誌を買って目につく場所に置いておいたり、『今日のニュースは何が一番面白いか教えて』『分かったことを弟に教えてね』と、とにかくいろいろな仕掛けをしていました。キットがあれば、こどもは実験してみたくなるので、そのために雑誌を読む。ニュースについて聞かれれば、ニュースを調べるようになり、弟に教えるためには、自分が分かるまで考えるなど、こどもがその仕掛けにのることで"探究"を始めます。『今日のニュースはこんなことがあった』と、こどもに教えないですね」。
山内さんは、"探究型学習"でのいい先生について教えてくれた。
「"探究型学習"でのいい先生は、こどもが自分から知りたくなるように"じらし"がうまいんです。必要だからって全部は教えない。上手に好奇心や関心をじらすんです。こどもがそっちに向いたら、もうエンジンがかかっているので、あとはこどもたちが自分でやるんです。押しつけるんじゃなくて、引きつけるというやつですね」。
その"じらし"については、こどもが信頼できる大人である保護者だからこそ、生活の中でより有効に使えると、岡庭さんも言う。
最後に、山内さんは、自らも父親という立場から、保護者も一緒に探究すればよいと教えてくれた。
「どのこどもも同じ価値基準で見ることはないでしょう。IBは全人教育で、調和の取れた人間育成を目指してコミュニケーションも上手でいろんなことができることを目標にしてはいるんですが、得意なことはそれぞれ違っていいですよね。この子にはどんな接し方が合うかな、どんなものに興味を持つかな、何が適しているのかなと、探しながらやっていくといいかなと思います」。
引用・参考:文部科学省 国際バカロレアについて

山内 学(ヤマウチ ガク 写真右)

国際バカロレア専門メディア「IBJPN.com」管理人。こどもにIB教育(PYP)を受けさせて6年目。1975年横浜生まれ。桐蔭学園高校(理数科)、筑波大学社会工学類卒。IT企業のシリコンバレー事務所勤務などを経て筑波大学大学院進学。大学院時代に、検索エンジン等を開発する大学発ベンチャーを設立し、代表取締役就任。同社を売却後、新会社を立ち上げ、探究型学習のためのSNS「THINKERS」を開発中。

岡庭 晴(オカニワ ハル 写真左)

1995年生まれ。フェイスブックコミュニティ「国際バカロレアコミュニティ」管理人。東京の公立幼稚園・小学校に在籍。小学6年からジャカルタ日本人学校在籍。中学2年からイギリスのインターナショナルスクールで国際バカロレアMYP, DPプログラムのもと学ぶ。2013年、Marymount International School London高校を首席で卒業。国際バカロレア資格45点満点およびバイリンガル資格を取得。帰国子女枠受験を経て、2014年4月より東京大学文科二類に在学。4月より新サービス「IB広場」開始予定。

文・撮影/宮園厚司