ライフのコツ

2014.01.22

こどものキモチに、寄り添う

日本の学び/こども芸術大学の日常風景から

日本のまなびをお伝えするコーナーの第1弾は、自然と芸術を通して子育てを支援している京都造形芸術大学(現「京都芸術大学」)の附置機関である「こども芸術大学」。「こども芸術大学」で教務部長を務められている梅田美代子教授にお話を伺ってきました。

こどもたちとの『創作の時間』は、保護者も学ぶ時間
こども芸術大学は3歳から小学校入学前のこどもと保護者を対象にした教育機関で、現在は42組の親子が毎日通っている。運営スタッフは芸術教育士というスタッフ7名。

一日の活動はこどもたち個々に自由に遊び、感性を育む『遊びと学びの時間』、こどもの保育を軸とした『対話の時間』があります。『対話の時間』は親も活動に加わります。親がこどもと活動をともに過ごすことで、こどもを知り、こどもから親が気づきを得ます。その気づきを共有するための『一日の振り返り』の時間が設けられています。また、"芸術大学"ということもあり、月に2回、1日かけて大学内の教授を招いておこなう活動『創作の時間』を設けています。
『創作の時間』のいちばんの目的は、創作活動を通して、親子が互いを知ることであると語る梅田先生。「芸術の早期教育が目的ではありません。こどもはもちろん、楽しい時間を過ごしますが、親は一緒に取り組むことで、こどもの興味や行動、感覚や性格が見えてくるようになります。それを保護者の方に感じてもらうことも目的のひとつです」。

取材に伺った日は『見るを聞く、聞くを見る』というテーマの『創作の時間』でした。担当するのはタイポグラフィーが専門領域の情報デザイン学科の丸井栄二准教授。まず保護者に声を出さずに、五十音の1字の口の形をつくってもらい、それをこどもたちに当ててもらうゲーム感覚の導入からはじまった。「これは相手に言葉で伝えるのではなく、感じることを体感する時間です」。保護者の口の形をこどもが身体で表現した後に、みんなで手をつないで声を出しながら、 "あ"の口の形や"お"の口の形をつくるという活動をしていました。
「この体験を通じて、親は日常こどもや他者との向き合い方を学び、こどもはしっかり相手の顔を見て、耳を傾けてコミュニケーションをとるようになればというねらいがあるんですよ」。

『創作の時間』でワークショップとともに大切にしているのは、保護者のための『振り返りの時間』。「この時間では、こどもたちの成長を通して気づいたことを保護者がひと言ずつ発表します。他のお父さんやお母さんの発表を聞き、子育てに対してのさまざまな考え方を知ることで、じぶんの子育てを見つめ直すことができます」。また、毎日下校前にスタッフを交えて、その日のこどもたちの活動や様子を話しあう"振り返りの時間"もあるそう。「毎日の気づきを話し合うことで、こどもの意志やキモチを知り、関わり方がわかるようになるんですよ」と梅田先生。 そして、親は毎日その日の気づきや学び、子どもの成長を記録する"日記"を付けているようです。それは貴重な子育て記録になりますね。
『創作の時間』。保護者はこどもといっしょになって取り組む。
こどもは、保護者の口のカタチをよく見て絵で表現する。
描いた口は、何という言葉を発音しているか、グループで当てあう様子。
ここでは、お父さんの参加もめずらしくない。
こどもをやる気にさせる接し方を
「言葉一つでこどもたちは、やる気になりますよ。うまくこどもたちをサポートしてあげることで、伸び伸びと自己表現をすると思います」と梅田先生。
以前におこなった「こども芸大スカイツリー」というタイトルの『創作の時間』で、段ボールを高く積みあげた構築物をつくろうと、こどもたちにはナイショで大人たちだけでまる一日かけてりっぱな構築物を制作して披露したときのこと。その構築物の中に潜りこどもたちは大喜びでしたが、興奮して活動開始から10分ほどで積み上げたツリーが崩れ落ちてしまったそう。でもそのとき、担当の教授がこどもたちに『さあ、つくろうか!』と声かけをしたら、そのひと言で、こどもたちはやる気になり、30分ほどで新たな構築物をつくり上げたそうです。
こどもたちの様子を語るときは、ずっと笑顔がたえない梅田教授。
「いま振り返ると、あの場面で大人が誰一人として『ああぁ...壊されちゃった』と言わなかったことがよかったのだと思います」。丸一日かけた努力が10分で無になってしまうなんて、つい叱ってしまいそうな場面ですが、「さあ、つくろうか!」と言う一言でこどものやる気にスイッチが入ったのだろうと梅田先生は語る。

あとからではなく、いま、こどもと向き合う
最後に、ワーキングマザーへのアドバイスを聞いた。
「働きながらの子育ては、大変なこともたくさんあると思います。また、子育ての悩みは多くの方が抱えています。それもそのはず、保育にも子育てにも正解はないからです。こどもと関わることは立ち止まることも必要だと思います。だからこそ保護者の方には少ない時間でも、日々こどもときちんと向き合い、関わってほしいと思います。時には甘えて足にまとわりついて離れないこともあるでしょう。そんなときは『あとで!』と言わずに、先に接してあげてください。少し一緒にあそぶだけで、満足したら、きっとお母さんの言うこともわかってくれますよ」。
こども芸術大学でも登校したばかりのこどもたちはあそびたくて、その日の活動がなかなか始まらないときもあるそう。でも集中して活動に取り組んでほしいから、まずは裏山であそばせてから、活動に入ると、こどもたちは次の活動に集中して取り組んでくれるのだそうです。

「お子さんに『どうしたいか?』を聞いて答えさせることで、こどもの意思を尊重していると考えるのではなく、お子さんが自分から『したい!』と言えるように導いてあげましょう。大切なことは"そこにこどもがいるか"ということ。親の都合だけで、こどもの存在や意思を見過ごしてはいけません。どんなときでも、きちんとお子さんに寄り添ってあげてください」。

梅田美代子

京都造形芸術大学こども芸術学科教授 アート&チャイルドセンター長。 こども芸術学科で保育・幼児教育のプロとしての理論を学びながら、表現力と感性を鍛えアートするこころを備えた保育者を育成。また、2004年より大学附置機関こども芸術大学教務部長として芸術と保育を繋ぐプログラムを統括。生きた教育実践の場で自然と芸術を軸に親子をアートで繋ぎ、育む保育プログラムの企画展開をおこなう。

  文/田中陽太(田中有史オフィス)撮影/本郷淳三