組織の力
開校3年目「神山まるごと高専」を紐解く〈前編〉
「モノをつくる力でコトを起こす人」を育成
2023年、自然豊かな徳島県神山町に開校した「神山まるごと高専」。国立・公立の高専(高等専門学校)が大半を占めるなか、Sansan(株)創業者・代表取締役社長の寺田親弘氏が設立を呼びかけ、賛同した企業の出資により学校経営がなされている稀有な存在だ。どのような教育が行われ、学生はどのように学んでいるのか、開校3年目を迎える同校を訪れた。
教育の柱は、 テクノロジー・デザイン・起業家精神
「おはようございます」「今日はよろしくお願いします」――朝9時すぎ、神山町にあるうどん店・ めん処林商店に、神山まるごと高専の学生たちが続々と集う。この日は、1年次後期の「グラフィックデザイン」の初回の授業。取り組む課題は、林商店のブランディングだ。「文章表現(国語)」とのコラボ授業でもあり、店舗のコンセプトづくりや、ロゴマーク、カラー、などのブランドデザインの制作に挑む。 今回のプロジェクトは、林商店の店主・林美智代さんからの依頼を受けて立ち上がった、いわゆるクライアントワーク。良い作品があれば採用され、実際に店舗で使用される。9つのチームごとに林さんに問いを投げかけ、林商店について掘り下げ、林さんの思いを引き出すのが、この日のミッションだ。
新しいものが次々と生まれる 風土に惹かれ、神山町へ
神山まるごと高専の設立発起人(現・理事長)となったのが、Sansan(株)創業者・代表取締役社長の寺田親弘氏だ。起業家でありビジネスで広く活躍する寺田氏が、なぜ教育に注目したのか、そして、なぜ高専だったのか、同校事務局長の松坂孝紀さんはこう説明する。
「ビジネスでは届かない社会課題の一つに教育があり、そこに挑戦したいという寺田さんの思いから、学校づくりの構想がスタートしました。社会で求められるスキルやマインドを身につけられる学校にしたいと考え、大学受験がなく、専門的な内容を5年一貫で学ぶことができる高専(高等専門学校)というあり方に行き着きました」(松坂さん)
人づくり・組織づくりのコンサルティング事業を経て、開校準備から神山まるごと高専に参画してきた松坂さん
寺田氏がフィールドに選んだのが、徳島県の山間部にある神山町だった。地方創生の成功事例として知られ、早期からのインターネットインフラの整備、企業のサテライトオフィスの誘致のほか、アートを活用した町おこし(アーティスト・イン・レジデンス)や若者が集って町の未来を考えるミーティングといったユニークな取り組みが盛んに行われてきた。Sansanも古民家を活用したサテライトオフィス「Sansan神山ラボ」を2010年に開設しており、寺田氏にとっても縁のある土地だった。
個人・企業とパートナーシップを結び、 持続可能な運営を目指す
神山まるごと高専の教育の特徴の一つが、外部との連携だ。授業では頻繁に起業家や専門家を講師に迎え、企業や地元の事業者との協働プロジェクトも数多く動いている。学校づくりの段階から「学校という枠の中だけで学生を育てるのは難しい」という前提に立ち、学校の新しいかたちを模索してきたと、松坂さんは振り返る。 「学校では、学習者である学生が主役。そして、無限の可能性をもつ学生に対して、バリエーションある選択肢を提示することが私たちの役目です。一方、私たちが提供できるものには限りがあり、学生に見合う環境をつくるには、いかに外に手を広げてパートナーを増やし、大きなチームをつくっていくかが重要になります」(松坂さん) 連携先を増やすスキームの一つが、企業・個人とのパートナーシップだ。奨学金基金に寄付する「スカラーシップパートナー」は、富士通、リコー 、伊藤忠テクノソリューションズ、など大手企業11社。1社あたり10億円ずつ集めた寄付金を奨学金基金とし、その運用益を返済不要の奨学金として希望する全学生に給付している。学生は、奨学生としていずれかの企業のプロジェクトに参画。本社訪問や社員との交流のほか、会社案内の制作などにも携わる。 また、学校の開校や運営資金を寄付する「ファウンディングパートナー」、物品・サービス提供を通して学校運営を支える「リソースサポーター」、授業を共創する「プログラムパートナー」など、合わせて100あまりの企業・個人が支援。講師として授業や講演を行ったり、学生と協働プロジェクトに取り組んだりというのは、神山まるごと高専では日常的な光景となっている。 「学生とのコラボなどは、近い距離で交流する結果として生まれるもの。そこを理解して共感していただき、かつ、価値を感じていただける企業・個人とパートナーシップを結んでいます。こういう学校をつくりたい、という私たちの思いに賛同し、協力してくれる企業・個人が日本中にこれほどいることに勇気をもらっています 」(松坂)
地域との連携は、時間をかけて 関係性を構築した先にある
一方、地域との連携については、枠組みを作って企画などはしていない。「関係性を構築するプロセスを大事にしている」と松坂さんは言う。
「学校が機会を用意するのではなく、町の人たちと関係性をつくっていくなかで、この人たちが困っていることに対して自分は何かできないだろうか...という当事者意識が自然に生まれてきます。課題解決にはこれが大事。一歩踏み出してアクションを起こそうという機運、そして、新しい何かに対する町の人の期待感は、年々高まっているように感じます」(松坂さん)
これを象徴するのが、冒頭で紹介したグラフィックデザインの授業だ。担当する新井啓太さん(神山まるごと高専では学生とスタッフのフラットな関係性構築のため、教職員は「先生」ではなく「スタッフ」とされ、互いに「さん」づけで呼び合う)は、「時間をかけて少しずつ地域に馴染んで、人との関係性やつながりができて、結果としてコラボにつながった」と振り返る。
神奈川県・東京都の私立中学・高校で美術の教員を務めたのち、神山まるごと高専に参画した新井さん
「神山町に、豆ちよ焙煎所というコーヒー屋さんがあるんです。客としてコーヒーを飲みに行くうちに、いろいろと話をするようになって。そのときは、いつか何か一緒にやりましょうか...程度のゆるい感じでした。その1年後くらいに、夏限定の水出しアイスコーヒーパックのポスターを作りたいという話があって、初めてのクライアントワークとして学生に取り組んでもらい、お店に全員分のポスターを展示することになりました。すると、そのポスター展示を見た隣町(上勝町)の方が、うちもやりたいと。杉の木からつくられた糸の商品を扱う事業をされている方で、そのポスター制作にも取り組みました。さらに、これらのポスター作品を見た林商店さんから、デザインかアートで何かできませんか?と相談があって、現在に至ります。地域の一員として町の人と関係性ができていることを幸せに思いますし、学生たちや授業を軸に学ぶ場がどんどん広がっているので、また次の新しい何かが生まれそうで楽しみです」(新井さん)
学生たちが制作した、特産品の杉を使った糸「KEETO(キート)」のポスター
後編では、神山まるごと高専で学ぶ学生たちの学びや暮らしを、インタビューを交えて紹介する。
神山まるごと高専
2023年4月に徳島県神山町で開校した全寮制の私立高等専門学校。その教育理念は「テクノロジーとデザインで、人間の未来を変える」であり、従来の技術教育に加え、デザインや起業家精神を必修とすることで、創造性と実装力を兼ね備えた人材の育成を目指している。全寮制の環境と、IT企業や起業家が集積する神山町の地域性を活かし、学校と地域が一体となって、社会に変革を起こす起業家を育てている。





