仕事のプロ
10年後、仮想世界が一大経済圏・文化圏になる!?
「メタバース」の可能性を考える
インターネット上の仮想空間に広がる「メタバース(仮想世界)」。メタバース内にアバターとして存在・活動することでさまざまな体験ができ、物理的に離れたところにいる相手とも交流ができる。その技術革新は目覚ましく、ゲームを中心に人々にとって身近なものとなりつつある。リモートワークなど多様な働き方が広がるなか、「バーチャル・オフィス」という視点もあり得るのか、メタバースに詳しいデジタルハリウッド大学メディアサイエンス研究所の三淵啓自教授とともに考える。
仮想通貨、土地の売買、ビジネス...で、 現実同様の経済圏を形成
―まずは、「メタバース」とはどういうものか、あらためて教えてください。
「メタバース」とは、仮想や超越を意味する「Meta(メタ)」と世界や宇宙を表す「Universe(ユニバース)」からなる合成語で、「仮想世界」「仮想空間」などと呼ばれます。そのなかで私たちは自身を投影した「アバター」として存在し、まるで現実世界のような行動から現実ではできないようなことまで、さまざまな活動をすることができます。世界的にいくつものメタバースプラットフォームがあり、なかでも「セカンドライフ」は2003年にリリースされたメタバースの先駆け的存在で、現在でも多くのユーザーを魅了しています(私もその一人です)。
メタバースの開発には1.0、2.0、3.0のフェーズがあり、現在は3.0に当たります。1.0ではバーチャル空間の提供など一方向の情報提供だったものが、2.0ではユーザー同士のコミュニケーション、いわゆるソーシャル活動が可能になりました。そして、3.0では、メタバースそのものが経済圏を形成するようになりました。セカンドライフを例に挙げると、セカンドライフ内で使える仮想通貨があり、土地の売買や商品・サービスの販売が可能です。セカンドライフ内に出店している企業もたくさんあり、「カメラマン」「映像制作者」「ミュージシャン」などの職業も存在します。セカンドライフでの不動産売買で100万ドルの利益を得た人物がニュースになったこともあるように、実際にビジネスで稼いでいる人もおり、セカンドライフ全体で年間数億ドルの資産が生まれていると言われています。まさに、一つの経済圏となっているのです。
ファンタジーフェア のアーチストの展示 ヨーロッパの田園風景の再現
―メタバースの技術はどれくらい進んでいるのでしょうか?
ゲームをされる方はわかると思いますが、近年は3D映像の技術革新が進み、視覚、聴覚の部分ではかなりリアルに再現されています。人間にとって3次元の情報というのは、もっとも認知しやすいんです。例えば、物が積み重なって不安定な状態を認識するといったことを、瞬時に直感的に掴むことができます。2次元よりも情報がリッチなぶん、体に染み込みやすいんですね。これは、3D空間を再現したメタバースでは、画面越しのオンラインでのやりとりよりも、豊かなコミュニケーションが可能になることを意味します。
ところで、日本語で「仮想」というと偽物っぽいニュアンスがありますが、「バーチャル・リアリティ(仮想現実)」の「バーチャル」は、本来は「本物の」という意味合いなんです。バーチャル・リアリティは、人間の五感を再現して本物に限りなく近づけることを目指しており、すでに進んでいる視覚、聴覚に加えて、触覚、嗅覚、味覚についても研究・開発が行われています。AIなどに比べると投資額が少ないこともあり研究・開発の進みが遅いのが実情ですが、メタバース上でも触れたり匂ったり味わったりできる日が来るかもしれません。
東京都市の再現
ファンタジックな中世の街並み 海底遺跡の仮想世界
メタバースは空間のシミュレーションや 実証実験の場としても有効
―リアルとは異なるメタバースならではのメリットは、どこにあるのでしょうか? リアルのメリットを超えることもあるのでしょうか?
現実社会のかしこまった場ではできない、緩やかなコミュニケーションができるのがメタバースの良さだと思います。まず、アバターで入ることで、見た目や服装など「自分ではない自分」「なりたい自分」に自由自在になることができます。なかには現実世界とは別の性別にしている人もいますし、私自身もイケメンで背の高いかっこいいアバターを使っています(笑)。つまり、「私はこういう人です」という自分の主張や立場など個性を表現しやすく、非言語コミュニケーションも可能になるのです。 また、メタバース上でなら、いつでもどこでも、物理的に離れていて容易には会えない人とも会うことができます。国土が広いアメリカでは、老後に友だちと会うためにセカンドライフをやっている人もいますよ。
―メタバースに「アバター」として存在することによるメリットはありますか?
他者とのコミュニケーションのハードルが下がるというのが、大きなメリットだと思います。また客観的に自分を見るという体験を通して、メタ認知などの訓練にもなるでしょう。近年では、引きこもりの就業支援や不登校の子どもたちのサポートにも使われています。自分に自信がもてず、「人に見られること」が障壁となって外に出られない、学校に行けないというケースが多いなか、アバターとして存在することで、人の目が気にならなくなります。また、障がいがある方にとっても、メタバースは有効です。物理的にはバリアフリーですし、チャットに入力した言葉をボイスに変換することもできるので、話すことに障害がある人も口頭でのコミュニケーションを楽しむことができます。
三淵さんのアバター(キノコ) SL内のRPGゲームの女王のNPCキャラクター
―そのほかにもメタバースの活用事例はありますか?
私自身、空港やショッピングなど英語を使うシーンをメタバース上に再現した、英会話のトレーニング教材を開発・運用したことがあります。また、うちのゼミ生がメタバース上に開校した学校には、400人ほど生徒(実年齢的には大人)が集まりました。その学校では、英会話、写真撮影、映像制作など自分の得意なことを教える人が授業をしたり、生徒主体でクラブ活動をやったりと、楽しそうでしたね。興味深いのは、授業の出席率が高かったこと。一般的に、一人で受講するeラーニングは継続率が低いのですが、「学校に来てみんなで受ける」というシチュエーションがほどよい縛りになるのでしょう。あくまでも「学校ごっこ」ではあるのですが、みんなで同じ制服を着て、一緒に授業を受けている...という連帯感も、プラスに働いたのだと思います。
デジタルアカデメイア、SL内の学校実験 メディアサイエンス研究所 三淵研究室
―メタバースで会議をしたらオンラインミーティングよりも議論が活発になる...なんていうこともありそうです。実際にメタバース上にオフィスを作った事例などはあるのでしょうか?
過去に、IBM社が試験的に取り組んだことがありました。IBMはグローバル企業であり、役員会議には世界中から人が集まります。リアルで集まるには時間的にも経済的にもコストがかかりますが、メタバース上のオフィスならどこからでもアクセスでき、コストカットができたと聞いています。そのほか、アクセンチュアが新入社員研修をメタバース空間で実施したり、PwCがメタバース空間で社内会議やクライアントとの打ち合わせを行ったりといった事例もありますし、近年は、国内の企業も打ち合わせや研修などに導入して成果を上げているようです。コミュニケーションの面ではリアルには敵いませんが、コスト面を考えると、メタバースオフィスは「あり」だと思いますね。
―メタバース上のほうが働きやすい、能力が発揮しやすいなど、リアルなオフィスが不要になる未来は来るのでしょうか?
人によってはメタバース空間のほうが働きやすい、能力が発揮しやすいといったことがあるかもしれません。私の研究室でも、メタバース上で、「どういった空間で集中力が高まるか」という実験をしたことがあります。森の中、おもちゃのある部屋、会議室...などいくつかの空間で被験者のアバターに計算問題を解いてもらい、集中の度合いを測りました。また、大和ハウス工業がメタバース上に建設したモデルハウスで内覧や家具配置シミュレーションを行った、という事例もあります。これらをリアルでやろうとすると、空間や場を準備するのが大変です。メタバースならいくらでも作り変えられますし、壊してもゴミも出ません。こうしたシミュレーションや実証実験の場としても、メタバースは非常に有効です。
ちなみに、先の実験では、(メタバース上の)会議室の中がもっとも集中の度合いが高まるという結果が出ました。このようなメタバース内の環境の研究やメタバース内のコミュケーションの質、教育におけるメタバースの効用などについて、多くの研究がなされています。また、リラクゼーションについてはVRの仮想空間での研究が盛んで、心理的な安心感やPTSDストレス障害の治療などにも活用されています。
仮想会議室
仮想フリースペース 仮想事務室
―メタバース空間でも集中できる設えが会議室という結果は面白いですね。また、教育現場での実験結果からも、メタバース空間の方が能力が発揮できるケースがあることもわかりました。仕事環境においても、業務内容によってはメタバース空間の方が適していたり、インクルーシブの観点からも、選択肢としてメタバースオフィスの需要はありそうですね。その場合、空間をどうつくるかも重要になりますね。
AIにより仮想空間の自動生成が可能に。 今後は、新しい経済圏、文化圏として拡張
―セカンドライフをはじめ、日本ではメタバース上で会う・遊ぶ・稼ぐといったことがあまり浸透していないように感じます。何か理由があるのでしょうか?
それは、リアルが便利だからでしょう。アメリカのように車社会で移動に時間がかかるといった不便さがあると、メタバースで会おうとなりますが、そこまでのモチベーションが上がりにくいのだと思います。ただ、世界的に見るとかなり大きな経済圏かつ文化圏となっており、私としては可能性を感じています。
―メタバースは、今後はどういった方向に進んでいくとお考えですか?
冒頭でも述べたように、メタバースが世に出たばかりの頃は、情報を一方的に提供・発信するだけでした。それが、メタバース内で双方向のコミュニケーションやソーシャルな活動ができるようになり、さらには経済活動ができるようになりました。今後は、この流れが加速し、新しい経済圏、文化圏になっていくでしょう。というのも、ここに来てAIによる大きなブレイクスルーがあったからです。これまでは、仮想空間を創るのにかなりのお金がかかっていました。しかし、AIの技術革新により空間の自動生成が可能になり、今後は仮想空間自体がどんどん増えていくことが予想されます。そうなると、メタバースに流入する人や企業も増えて、経済圏、文化圏としてより拡充していくのではないかと思います。教育などの分野との親和性もとても高いので、これからが楽しみですね。
三淵 啓自(Mitubuchi Keiji)
デジタルハリウッド大学メディアサイエンス研究所教授。コンピューターサイエンティスト。スタンフォード大学大学院コンピューター数学科修了後、サンタクララの研究所で人工知能、エージェントシステムなどの研究に携わる。その後、米国で独立し、インターネット関連のベンチャー企業を立ち上げる。さらに日本で、日本Webコンセプツ社を立ち上げ、インターネット関連のビジネスを展開。現在は、メタバース、バーチャルコンテンツ経済、ブロックチェーンなどのデジタルコンテンツに関しての価値や、生産消費者によるコミュニティー市場経済の可能性などを研究している。





