仕事のプロ

2026.01.13

「コミュニティ疲れの時代」に必要なワークプレイスとは?〈前編〉

自分自身と向き合える公共空間が求められている

ワーカーの意識や働き方が変化し続ける中で、「オフィスにどんな機能を持たせるか」に迷いを感じる組織・企業は少なくない。その1つの解として東京・大塚のオフィスビル内に誕生したのが、ワークスペースを備える無人運営の本屋「宇野書店」だ。そこで、同店のプロデュースを手がけた批評家の宇野常寛氏と、コクヨのワークスタイルコンサルタントの坂本崇博が「今の時代、ワーカーに求められる空間とは?」というテーマで語り合った。前編では、宇野氏の著書『庭の話』を切り口に、今のオフィスで見過ごされがちな要素を探った。

SNSプラットフォームの呪縛から
自由になるための方法を模索

坂本:宇野さんは2024年12月に出版なさった著書『庭の話』の中で、人間以外の存在と向き合う"庭"のような場所が必要、という提言をなさっていますね。私も拝読しながら、「今の時代、実はオフィスにも"庭"的な要素が求められているのではないか」と考えました。
さらに、宇野さんがプロデュースを手がけた「宇野書店」も、同書で提言されている"庭"的なスペースの具現化例の1つとして、これからのオフィスをつくるうえで大きなヒントになるのではないか、と感じています。
そこで、まずは『庭の話』についてお伺いしたいのですが、この書籍を執筆された背景からお聞かせいただけますか?

宇野:『庭の話』というタイトルのせいか、「園芸の本ですか?」とときどき質問を受けるのですが、テーマは情報社会論です。
僕たちはこの20年ほど、X(旧Twitter)などのSNSプラットフォームを日々活用しています。2000年代前半には「SNSによってインターネットの全ユーザーが情報発信できるようになり、多様な議論が展開されるのではないか」と期待されました。確かに誰もが声を上げることが可能になり、SNSを通じて楽しい交流が生まれたのは事実です。
ただし、SNSで多くの人が「情報発信することによって、不特定多数の人に承認される快楽」の中毒になってしまったのは大きな副作用だと考えています。発信の目的も、「多くの評価(いいね)を獲得できるかどうか」ばかりが重視される傾向にあり、多くの人はタイムラインの潮目を読みながら自分自身で深く思考を掘り下げることなく、大勢の意見に迎合した発言をして、知識層の仲間入りをしたように錯覚しています。
そしてリアクションする側も、情報の内容をよく吟味せず「今はどんな意見が優勢なのか」を見て、より強い側に加担する人が目立ちます。それが承認欲求を満たすゲームとして「コスパ」が良いし、多数で少数をリンチする側に立てば反撃されて、不愉快な思いをするリスクも少ないですからね。

2_bus_187_01.jpg 宇野常寛氏


坂本:宇野さんは、2019年の著書『遅いインターネット』でもSNSプラットフォームのもたらす副作用について言及なさっていましたね。

宇野:そうですね。『遅いインターネット』では、欧米のスロージャーナリズムと呼ばれる運動を参考に、じっくり調査・吟味した情報を伝えるメディアの必要性を訴えました。しかし出版直後にコロナ禍が始まり、インフォデミック(※1)によってパンデミックそのものも長期化したのは記憶に新しいところです。
そこで、前著よりさらに広い視点からこの問題をとらえ直し、SNSプラットフォームの呪縛から自由になるための方法を本気で考えました。そうした中、メディアだけでなく「実空間」(実在する空間)の重要性に目を向けるようになり、書き上げたのが『庭の話』です。

※1:インフォメーション(情報)とパンデミック(感染症の世界的流行)を合わせた造語。大量の情報が急速に拡散し、正しい情報と間違った情報が混在することで、人々が適切な判断を下すことが困難になる現象。




その人が何者であるかを問わない
"庭"が都市空間に求められている

坂本:本書でいう"庭"とはどんな存在なのでしょうか?

宇野:大きく分けて2つの意味があります。ひとつは「その人が何者であるか」を問わない、都市の中の公共空間です。「SNSプラットフォームが力を持ちすぎている今、異なるタイプのコミュニティをつくるべき」と主張する人のほとんどは、解決策として「ローカルな共同体」の存在を挙げますが、僕はそこに同意しない立場をとっています。

坂本:ローカルな共同体というと私は、地域社会のコミュニティや、コワーキングスペースを連想します。私もあるコワーキングスペースに利用登録していますが、常連のワーカーが楽しそうにしている場に加われないと疎外感を感じます。

2_bus_187_02.jpg 坂本崇博


宇野:まさにそこがローカルな共同体の問題点といえます。共同体にはどうしても、カーストが生まれてしまう。上位の人にとって共同体は居心地は良いけれど、そうではないひとにとっては苦痛のほうが多い。これが人間が村落の共同体を捨てて、都市の個人として暮らすようになった原因です。一見カーストのないフラットな共同体だと、逆に外部に「敵」をつくる結束する力学が働く。

実際に共同体ではいわゆる「アルファ男性」と呼ばれる、経済力やコミュニケーション力を備え、自信に満ちた人が優位に立ちやすいですね。僕も複数のコワーキングスペースに登録していますが、チェーン店のカフェで仕事をしていることが多いです。それは、どこの誰でも関係なく受け入れてもらえる空間に身を置くと、非常に安心感を得るとともに、自分自身の思考や仕事に集中できるからです。

僕はこの10年ほど、都市開発や地方創成に関する仕事に携わることが増えています。その中で、東京・森下などにある「喫茶ランドリー」(カフェを備えたコインランドリー)や、高円寺の「小杉湯」(ギャラリースペースのある銭湯)、小金井市の「ムジナの庭」{障がいを抱えた人を対象とする就労支援事業所}など、多様な"庭"的施設を知りました。これらの施設を運営している方々の話を聞く中で、訪れる人を共同体のメンバーとして承認するのではなくて、そこに訪れた人をルールを守る限り誰でも許容する空間が必要だと考えるようになりました。だから「家」つまり共同体ではなく、「庭」つまり場所が必要なんです。

坂本: "庭"という言葉に2つの意味を持たせているということですが、もうひとつはどんな意味ですか?

宇野:人間同士のコミュニケーションから少し離れて、モノ・コトと向き合ったり、何かを創り出したりする場ということです。他人に評価や承認されることを目的とせず、好きなモノ・コトを見つけたり、自分で創ったりする行動は、SNSプラットフォームから逃れて生の実感を得るのに有効な方法だと考えています。庭では、植物にふれたり、たまたま訪れた昆虫や鳥に出会ったりできますよね。ですから"庭"という言葉には、人が思いがけないモノ・コトと出会える場という意味も込めています。



書籍紹介

『庭の話』宇野 常寛 (著) 講談社 (2024/12/11)


2_bus_187_03.jpg プラットフォーム資本主義と人間との関係はどうあるべきなのか?
ケア、民藝、パターン・ランゲージ、中動態、そして「作庭」。一見無関係なさまざまな分野の知見を総動員してプラットフォームでも、コモンズでもない「庭」と呼ばれるあらたな公共空間のモデルを構想する。『遅いインターネット』から4年、疫病と戦争を経たこの時代にもっとも切実に求められている、情報技術が失わせたものを回復するための智慧がここに。
Amazon.co.jp





「社内の評価」に左右される
ワーカーが増加傾向?

坂本:お話をうかがってまず印象的だったのが、「承認ばかりを目的に情報発信する人が多い」というポイントでした。実は組織・企業においても、同じような問題が起こっています。企業において成果主義が導入される中で、「評価される仕事がしたい」「評価されない仕事はしたくない」と考えるワーカーが増えてきたように感じるのです。それに加えて、「重要だが評価を受けにくい仕事」に取り組もうとする人が減っています。

宇野:会社を「共同体」としてととらえている人は少なくないと思いますが、その共同体において、社内の評価を重視するワーカーが目立つということですね。

坂本:「社内評価」という面で、もうひとつ気になっていることがあります。近年、よく企業様から「オフィスに、ワーカー同士が気軽に会話できるコミュニティスペースをつくりたい」と要望をいただくのですが、周囲の目(評価)を気にするあまり、本来意図していたようなコミュニケーションが生まれていないのでは、と少し危惧しています。

宇野:成果主義という名目のもとに社員が周りの評価を気にする傾向がある以上、社内にコミュニティスペースを増やしても、生産性が向上するとは考えにくいですね。
むしろオフィスに最も必須なのは、ワーカーが仕事に集中できる充実したスペースではないでしょうか。いちがいには言えませんが、在宅ワークに適しているとは言い難い住宅は少なくありませんから。まして夫婦共働きでリモートワークをしているご家庭ならなおさらです。




オフィスにも、ワーカーの創造性を
刺激する"庭"のような場が必要

坂本:宇野さんが提案する"庭"は、人間同士のコミュニケーションの場でもなく、1人でこもって集中ワークができるブースでもなく、1人で滞在しながらじっくり「モノ・コト」に触れられるパブリックな場ということですね。このようなスペースは、これまでのオフィスにはなかった気がします。
しかし、このような機能を持つ空間がオフィス内にあれば、ワーカーはモノ・コトおよびそれらを通じた自己との対話を通じて刺激を受けながら、より思考を深め・広げられと思います。

宇野:確かに、社内コミュニケーションに気をとられずに働けて、ワーカーのクリエイティビティを刺激するモノ・コトが詰まった空間なら、生産性向上が期待できそうです。

坂本:昨今AIが普及するなかで、仕事(労働成果)に求められる価値は、作業労働や知識労働の枠を超えた「感情労働(自分の感情を用いて周囲の感情を動かす仕事)」が求められていく、と考えています。
このような環境の中で、1人ひとりが仕事の質を高めるために、モノ・コトから刺激を受けつつ自分の感情や感性と向き合い、自分の仕事に没頭できる"庭"的な空間がますます必要になるように思います。

宇野:このたびプロデュースさせていただき、2025年8月に開店した「宇野書店」には、先ほどお話した"庭"の概念が詰まっています。

坂本:ここからは、宇野書店の成り立ちも含めて、ぜひ詳しくお話をおうかがいしたいです。

後編では、宇野氏が考える「これからの時代に求められる"庭"としてのワークプレイス」を体現した宇野書店について、坂本が引き続きお話をうかがっていきます。




宇野 常寛(Uno Tsunehiro)

批評家。批評誌〈PLANETS〉〈モノノメ〉編集長。明治大学特別招聘教授。政治やサブカルチャー、メディアなど幅広い切り口で言論活動を展開する。著書に、石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『庭の話』(講談社)、『遅いインターネット』(幻冬舎)、『ラーメンと瞑想』(集英社)など多数。

坂本 崇博(Sakamoto Takahiro)

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント/働き方改革PJアドバイザー/一般健康管理指導員
2001年コクヨ入社。資料作成や文書管理、アウトソーシング、会議改革など数々の働き方改革ソリューションの立ち上げ、事業化に参画。残業削減、ダイバーシティ、イノベーション、健康経営といったテーマで、企業や自治体を対象に働き方改革の制度・仕組みづくり、意識改革・スキルアップ研修などをサポートするコンサルタント。

文/横堀夏代 撮影/石河正武