レポート

2018.08.28

「働く」を変えてきた日々

第2回 働き方大学
TELEWORKDAYS特別イベントレポート

政府は昨年、2020年の東京オリンピックの開会式にあたる7月24日を「テレワーク・デイ」とし、テレワークの全国一斉実施を呼びかけた。その結果、約950団体、6万3千人が参加。国民運動として大きな一歩を踏み出した。そして、2年目となる今年は、7月23日〜27日を「テレワーク・デイズ」とした。これに合わせて7月24日に東京・日比谷にて開催された特別イベント、「『働く』を変えてきた日々」の様子をレポートする。

働き方改革は、全社一律ではなく、
組織や部署に合ったかたちで進めるべき

講演に続いて、コクヨ株式会社ファニチャー事業本部スペースソリューション事業部ワークスタイルイノベーション部部長の鈴木賢一氏をモデレーターに迎え、神谷氏、二葉氏、鈴木氏の3名によるパネルディスカッションが行われた。

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鈴木:ボトムアップ、トップダウンと、カルチャー的には対極にある2社のお話でしたが、まずはお互いの講演を聞いての感想や気づきなどをお聞かせください。

神谷:二葉さん(リクルート)のお話を聞いて感じたのが、私たち(JAL)とは働き方改革の深度や歴史がまったく違うことです。なかでも大きな違いを感じたのが、「リクルートは数値で可視化している」という点です。私たちは働き方改革においては後発だったこともあり、今は風穴を開けることに力を入れている状況です。(改革を)急速に進めすぎると、「それって本当に効果あるの? 数値で表せるの?」といった声がわいてきかねません。働き方改革以外の面でも、定量的に表せないものの成果を提示する難しさを日々感じているので、リクルートのように成果を数値で測るのは、まだ私たちには難しいかもしれません。

二葉:カルチャーは違う2社ですが、働き方改革の進め方については似ている部分もあるな、と感じました。神谷さん(JAL)のお話の中に、「やれるところ(部署)からやってもらう」というくだりがありましたが、働き方改革やダイバーシティは全社一律に進めるのではなく、適材適所というか、各組織に合ったものをやってもらった方がいい、というプロセス自体は似ていると感じました。

鈴木:2社とも、借りものを型にはめ込んでやるのではなく、現場も(働き方改革の)推進部門も、汗をかきながら試行錯誤する...という感じが伝わってきました。推進部として心掛けていることはありますか?

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神谷:おっしゃる通りで、「こういうやり方が正しい」、「これをやれば結果が出る」という押し売りは現場をしらけさせてしまい、上滑りしてうまくいきません。私たち推進部門は全体の底上げをするためのメニューは用意しますが、どれをやったらどんな結果が出るかというのはそれぞれの会社や部署により異なるので、押し売りにならないよう心がけています。



トライアルで小さな事例をつくり、
未経験や未知のことへの不安を取り除く

鈴木:リクルートの「不をなくす」という考え方は、今の働き方改革の時流に合っていますね。

二葉:そうですね。これまでさまざまな「不」を解決してきたのですが、働き方改革と関係することとしては、『ZIP WORK』という取り組みをしています。私は働き方改革と同時に『iction!(イクション)』という育児と仕事の両立がしやすくなるようサポートするプロジェクトの事務局長も務めているのですが、ZIP WORKはそこで1年ほど前からやっている取り組みで、まさに働く時間を"ZIP(圧縮)"する働き方です。

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リクルートでも、以前は「難易度の高い仕事は、週5日フルタイムで働ける正社員がやる」というのが当たり前でした。それを、「週2日か3日、しかも時短勤務(10:00-16:00)でOK」として、フルタイム社員がやっていた仕事を一部切り出して、ZIP WORKERに担ってもらっています。

この制度は2年ほど前に始めたのですが、当初は役員に「こういう取り組みをしたい」と提案しても、「お前が言っていることが全然わからない」と言われました。どういうことなのかイメージがわかないというのです。そこで、トライアルで2、3人に私のチームで働いてもらいました。みなさんかつてはバリバリ活躍していたような方で、今は子育てなど諸事情でフルタイムでは働けないものの、とても優秀な方々でした。こうして実際の事例ができると、役員にも話がスムーズに伝わるようになりました。"共通言語"が生まれたわけです。そうなると、急速に理解が進みます。実例をつくることの大切さを強く感じた案件でした。

鈴木:まずはトライアルで小さな事例をつくっていくことが大事なんですね。私たちのコンサルティングの現場でも、新しい提案をすると、現場から反対というか「それはできない」という声が出てきます。でも、よく話を聞いてみると、結局は「やったことがないから不安、うまくできるかわからない。だから、賛成ではない」というケースが多いんです。JALもリクルートも、カラーは違うにせよ、働き方改革を進めるうえで出てくる"症状"は近いのだなと感じました。



成果を見るKPIの一環として、
従業員のエンゲージメントを重視する

鈴木:働き方改革の進捗や成果を上司に報告するにあたり、数値的なことなどKPIとして報告していることがあれば教えていただけますか?

神谷:私たちはあえて数字を追わないというスタンスではいますが、KPIがまったくないわけではありません。ただ、残業時間でカウントすると生々しいので、総労働時間や有給休暇の取得率などを目安にしています。一番良くないのは、隠れ残業です。パソコンのログイン・ログオフ記録と実労働時間との間にどれくらいギャップがあるかなどにも気を配っています。

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二葉:リクルートではグループ全社でモニタリングをしていますが、平均をとると実態がよくわからなくなる...という会社もあります。それは、制約のある従業員が増えると、特定の人や一部の人だけが(労働時間が)短くなり平均値を押し下げる...ということがありえるからです。ですので、平均もモニタリングしますが、「今期はここの層のこの出現率を何%にしよう」など、実態や課題に合わせて毎年KPIを変えています。また、労働時間だけでなく、従業員が楽しくイキイキ働いているか、という部分にも着目しています。具体的には、リクルートで働いていることへの誇りや満足度といった項目を含むエンゲージメントサーベイというかたちで見ています。

鈴木:「イキイキと働いている」というのはいい指標ですね。JALでも「働き続けたい」という人が増えているということでしたが、どういった取り組みが影響しているとお考えですか?

神谷:働き方が変わったから...というシンプルなものではないと思っています。JALは今、経営破綻から回復しつつあり、社内や会社を取り巻く環境そのものが改善しているというのが根底にあるのだと思います。ただ、年に1回の社内調査の結果を見ると、働き方に関する数値は少なからず上がっています。単発の取り組みではなく継続的な取り組みが少しずつ効いていると感じています。今後はKPIの一環としてエンゲージメントも見ていきたいと考えており、現在は従業員の満足度調査を行いながら、「組織がどう活性化しているか」やエンゲージメントを数値として測れないかと、トライアルをしているところです。



「人に迷惑をかけるのは良くない」という価値観が、
日本の働き方改革を進めるヒントになる!?

鈴木:昨今の日本の働き方改革は、お二人の目にはどのように映っていますか?

神谷:社内で働き方改革を進めるなかで感じるのが、意識を根底から変えるのはとても難しいということです。欧米と違い、日本では遅くまで残って仕事をしている人を、「あいつ頑張ってるよね」と評価する風習が今でもあります。とくに間接部門では、完成物に対する評価が不明瞭なので、働く姿を評価の対象にしている面が少なからずあります。そして、本人もアピールするつもりはなくても、仕事を途中で放り出して帰るのは美德ではない、という価値観がまだまだ根強くあります。こういう意識が、根深いところで働き方改革の足を引っ張っているのではないかと感じるのです。これをどう変えていくかが今後の課題ですが、私たちも意外だったのが、先ほど紹介したように、会議やメール、帰る時間のルールを決めたら、強要したわけではないのにあっという間に社内に浸透したことです。日本人には「人に迷惑をかけるのは良くない」という価値観があり、「こんな時間に会議をしたら、メールをしたら、周囲に迷惑をかける」という感覚が、ルールの素早い浸透につながったのではないかと推測しています。この日本人的な感覚や価値観に、ちょっとしたヒントがあるのではないでしょうか。「迷惑をかけない働き方」とはどういうものかを突き詰めて行くと、働き方改革に拍車がかかるのではないかなと感じています。

鈴木:素敵なヒントですね。遅くまで頑張っている人って、真面目で、途中で仕事を放り出して帰るのは嫌だという正義感や責任感が強い人が多いですよね。「人に迷惑をかけない」というのも、正義感という点では似ていると思います。

二葉:企業が働き方改革を通して目指すものは何かを考えると、企業の生産性を上げることももちろん大事ですが、そこで働いている一人ひとりの生き方、働き方、働きがいを高めていくことこそが大事だと思います。そして、社内だけでなく社会全体として生産性を高め合えるよう、例えば調達のあり方や外部とのコラボレーションなどの面で、いろいろな人や組織が協力し合っていけるといいなと思います。

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神谷 昌克(Kamiya Masakatu)

日本航空株式会社 人財戦略部 ワークスタイル変革推進 グループ グループ長。1991年に日本航空に入社。IT企画、国際旅客営業、国際旅行業マーケティングに携わり、2015年よりワークスタイル変革を担当。月間残業時間100時間が常態化していた自分自身のワークスタイルも見直し、定時退社の恩恵を実感できる生活に日々幸せを感じている。

二葉 美智子(Futaba Michiko)
株式会社リクルート 働き方変革推進室 エバンジェリスト。大学卒業後、リクルートに入社。人材総合サービス領域の営業を経て、2005年から約4年間、中国・上海にて人材サービスの立ち上げを経験。帰国後はグローバル人事を担当後、中途採用やダイバーシティ、CSR部門のマネジャー。2016年4月よりリクルートグループ横断の働く子育てを応援するプロジェクト『iction!(イクション)』の事務局長。2018年4月より働き方変革推進室も担当。

鈴木 賢一(Suzuki Kenichi)
コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部 スペースソリューション事業部 ワークスタイルイノベーション部部長。コクヨ働き方改革コンサルティング部門の責任者。各種プロジェクトマネージャーを経て、現職10年。年間50社を超える変革相談を通じて得られた企業の課題から、働きやすさや働く場の生産性について変革支援を行う。

文/笹原風花 撮影/荒川潤