仕事のプロ

2017.01.13

戦略的に人を動かす「仕掛け」というツール〈後編〉

グローバル社会に求められるビジネスへの活用

前編では、人々の行動の選択肢を増やすことで行動を変える「仕掛学」の定義や典型的な事例について紹介した。後編ではビジネスシーンでの活用事例やこれからの可能性について、引き続き大阪大学大学院経済学研究科松村真宏准教授に伺う。

「仕掛け」をビジネスに生かす

 
しかし、これまで紹介した事例はすべて、「仕掛け」を意識してこそ出てくる事例だと松村准教授はいう。
「実際、社会には「仕掛け」はあふれていますが、それは『仕掛け』というモノの見方をして、初めて見えてくる事例なんです。例えば、私にとっては、タイマー付きのコーヒーメーカーやホームベーカリーは心地よく目覚めさせる『(嗅覚を使った)仕掛け』だと思っているのですが、それはそういう見方をすれば見えてくるだけで、販売当初からそういう意図があったわけではないですよね」
そして松村准教授は、開発当初から「仕掛け」を考慮したら、より面白いものが世の中に出てくるのではないか、と一石を投じているのだ。
 
実際、松村准教授が実施された「仕掛学」のセミナーには、じつに多様な業種の人々がいろいろな目的で参加するという。「先日書店で行った一般向けのセミナーでは、鉄工所の方が『工場の散らかりを改善するヒントがほしい』と相談にこられたり、管理栄養士の方が『食生活の改善に使えるアイデア』を探していたり、ラーメン屋さんが『もっとたくさん集客したい』という動機でこられたりしていました」(松村氏)
参加者のバラエティの豊かさは、仕掛学がオールジャンルに応用可能であることの証明でもあり、人の行動を強制することなく(自発的に)変えていきたい、というニーズの現れでもある。
 
アイデア次第では、安価でかつ楽しく目的を達成できるのも「仕掛け」の魅力の一つ。先生のゼミでは、ローマにある有名な「真実の口」をアレンジした仕掛け「勇気の口」を考案し、学園祭や天王寺動物園で展示したことがあるという。人の出入りの多い場所で「手指のアルコール消毒をしてください」と、アルコールスプレーと貼り紙の準備をしていても、実際にアルコール消毒してくれる人はほんのわずかなことに着目し、ゼミ生たちが段ボールでできたライオンの口の中に、自動手指消毒器を設置。手を入れると、アルコール消毒液が噴射されて手がきれいになるという「仕掛け」だ。
 
この「仕掛け」で多くの人が手を入れただけでなく、手に消毒液が噴射されて驚く様子が周囲の興味を呼び、大盛況だったという。
 
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天王寺動物園での実証実験に用いた「勇気の口」

 
また、「仕掛学」はビジネスだけでなく、教育の分野にも応用していきたいと松村准教授はいう。
インプットばかりの学校・塾生活だけでは、目的意識を持って勉強するモチベーションを維持するのは難しいが、例えば自由研究などで「仕掛け」を用いた制作物にチャレンジすることで、そのアウトプットが周囲(社会)に影響を与える様子を目の当たりにできたり、制作する過程において、自分に不足しているスキル(例えば外見のクオリティを高めるための美術的スキルや、仕組みをより精巧に作り込むための科学的スキルなど)を実感することで、主体的に勉強に取り組むようになることが期待できるという。
 
社会のグローバル化やデジタル化、また、コ・クリエーションの重要性の高まりなどを受けて、スムーズなコミュニケーションがますます求められる世の中になってくる。
「こうあるべき」という目的をストレートにそのまま相手に求めるのではなく、どうすれば「こうあるべき」に向かって人が自ら進んで動いてくれるのか、「仕掛学」を使って、楽しみながら考えてみてはどうだろうか。
 
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松村 真宏(Matsumura Naohiro)

大阪大学大学院経済学研究科・准教授。 大阪大学 基礎工学部 システム工学科を卒業後、大阪大学 基礎工学研究科、東京大学 工学系研究科を修了。 東京大学大学院情報理工学系研究科・学術研究支援員、大阪大学大学院経済学研究科・講師、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校・客員研究員として、人工知能の研究で「データから意思決定に役立つ知識を発見する」ことに取り組んだのち、日常生活において「気づき」を促す「仕掛け」の事例収集、研究を始め、日本発のフレームワークとしてスタンフォード大学で「仕掛学」の客員研究員を務めた。 著書に『仕掛学 -人を動かすアイデアの作り方―』がある。

文/マキノ スミヨ 撮影/出合 コウ介