仕事のプロ

2022.04.25

本業の課題を副業で解決!公務員が設立「一般社団法人KAKEHASHI」の挑戦〈前編〉

横須賀をより良くするために「想い」をつなぐ

目の前に解決したい問題があっても公務員の立場では動けないこともある。本業の課題を副業で解決する…そんな方法での地元の課題解決に挑戦しているのが一般社団法人KAKEHASHIの代表理事であり、横須賀市役所の職員でもある高橋正和氏と山中靖氏。地方公務員という副業のハードルが高い立場で、どうやってその壁を乗り越えたのか。立ち上げの背景にある想いや大切にしていることについて高橋氏に伺った。

市民の熱い想いが行政に届いていない...
市役所の限界に気づき副業を決意

横須賀市役所の職員である高橋正和氏は、地元で活躍する熱い想いを持った人達をつなぐ"架け橋"になりたいという想いから、2018年に一般社団法人KAKEHASHIを設立。熱い想いを持つ人たちと共に課題解決や価値創造に向けた活動をしている。
市役所職員による副業としての法人設立は横須賀市初であり、全国的に見ても非常に珍しい試みでもある。そのきっかけとなったのが、若手・中堅職員向けの研修に参加し、政策立案のために市民の声を聞いて回ったこと。

「普段市役所の業務で接するのは企業や町内会の代表の方など組織対組織の立場で話すことが多く、向こうから訪ねてこられることがほとんどです。でも研修では、街の声を聞いて課題を見つけ、政策提案するという課題が与えられたため、自ら動いて市民に会いに行く必要がありました。
そこで、声をかけやすい同世代の若い人に話を聞きに行くと、『こうしたらもっと横須賀がよくなるんじゃないか』『こういうところが横須賀はだめだよ』と厳しくも前向きな意見をたくさん聞くことができました。この経験を通じて、私たちに届いていなかった声はたくさんあり、我々の使命としてもっと多くの声を市政に反映しなければならないと強く思うようになりました」

この気づきを通して多様な人の話を聞く必要性を感じた高橋氏。研修終了後も自主活動として、休日を利用して交通費も自腹で市民の話を聞きに行く活動を継続するうちに、さらに気づきが深まり、市役所と市民を隔てている課題も見えてきたという。
それは、これまでは接点を持つことができていなかったが、想いを持つ人がたくさんいること、その人達の中にはできれば市役所と関わりたくないと思っていること、その背景にあるのが役所側のルールだということだ。

「横須賀をもっと盛り上げたいという"想い"を持っている人はたくさんいます。でも役所が絡むとどうしても『この手続きが必要だ』、『この書類を提出してくれ』、『これはルール上できない』と余計な手間が増えたり制約をかけられたりすることがある。だからなるべく関わりを持ちたくないと思っている人が一定数いることには驚きました。
ただ、こういう人達を応援し、もっと活躍してもらうことは巡り巡って横須賀のためにもなる。私自身、まだ幼い子どもを持つ父親でもあります。横須賀を今よりいい状態で子ども達の世代につなぐことは私たちの責任でもあるので、未来のためにもこうした熱い想いを形にし、大きくしていきたいと強く思ったのです」

2_bus_119_01.jpg 「でも、公務員の枠の中で実現するには、高いハードルがありました。例えば公務員が特定の事業者を応援するのは随意契約となるため、それなりの理由が必要になります。この経営者を応援したいと思っていても取引先は入札などで決めなければならない。また、市役所の業務は役割が細かくわかれているため横断的に動いたり、意思決定に時間がかかるためスピーディに進めることが難しいこともあります。ルールを変えるために自分が市役所内で出世するのを待っていたら十数年はかかってしまう」

「そこで、熱い想いを持っている人がより活躍できる地域にするために、副業として法人を立ち上げることにしました。公務員という立場ではできないことを副業で実現し、両者の長所を生かして活動し、トータルで横須賀をより良くしていくことをめざしたわけです」




意識を180度変えるキッカケは
「公務員脳を捨てろ!」のアドバイス

地方公務員法の規定で市の職員は営利企業での副業に従事することはできないが、社団法人、財団法人、NPO法人で働くことは認められている。一方、多様で柔軟な働き方の施策として兼業・副業を推進してはいるが、全国的にもほとんど前例がない。
そんな中、同僚の山中靖氏と共に横須賀市初の副業を見事実現させた高橋氏。研修終了後も自主活動として現場に足を運び続け、市民の声を聞き続けたその熱意と実績が市長に認められたのだ。

公務員である高橋氏たちが一般社団法人KAKEHASHIを立ち上げるにあたり、立ち上げをサポートしてくれたある方から受けたアドバイスが「公務員脳を捨てろ」だった。団体の責任者として事業を行うとはどういうことか...。このアドバイスで意識が大きく変わったという。

「公務員は『稼ぐ』ことを考えることが少ないため、奉仕の精神で業務を行います。収支に見合わなくても相手のためになるならやろうとしてしまうし、コスト意識の欠如から悪気なく採算の見合わない作業を依頼しようとしてしまうこともあります。
でもKAKEHASHIの活動はきちんと稼げなければ、事業を継続することができません。また相手にとってもビジネスであり生活がかかっているため、採算が取れるかに対しては当然シビアですし、そこが担保されなければ動いてもらえません。想いだけでは協働できる仲間とつながることはできないし、架け橋にもなれないもの。
だからこそ、KAKEHASHIがしっかり稼いで、頑丈でたくさんの人が渡れる大きな橋になることが、熱い想いを持っている人同士をつなぐために必要だと考えています」

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KAKEHASHIによる
3つの想いの「つなぎ方」

農業、育児、教育、人材育成など様々な地域課題に対して、KAKEHASHIは次の3つのアプローチで解決を図っている。課題や相手によってアプローチは違っても、一環しているのは法人名のKAKEHASHI(架け橋)にも込められている、"つなぐ"という役割だ。

1つ目は市役所の担当部署につなぐ方法。市役所内で解決できることなのに相談先がわからなかったり、市役所に相談することに壁を感じて声を上げられないことも多いからだ。市役所のどこがどういう解決方法を持っているかをよく知る職員としての強みを活かし、市役所で解決できる、解決すべき課題かどうかをジャッジして、担当部署と課題を抱える市民をどんどん繋いでいく。

2つ目は自分達の持っている情報を駆使して人と人をつなげる、コンサル型のアプローチ。同じ想いを持つ事業者同士をつなげることで横須賀のためになる化学反応が起きそうだと感じれば、紹介料は取らずに無償で紹介する。

3つ目はKAKEHASHIからアクションを起こし、想いに共感して協働できるパートナーとプロジェクトを立ち上げる。SNSやインターネットで情報収集し、この人と話したいと思ったらダイレクトメールを送ったり、電話をしてアポイントを取ることもしばしばだという。KAKEHASHIの後ろに市役所を感じて壁をつくってしまう人はまだまだ多いので、来てくれるのを待っていてもなかなか乗り越えてきてもらえない。自分たちから仕掛けることで壁を取り払っていくのだ。

「私は民間企業で営業職をした経験があるので、飛び込み営業で話しを聞いてもらうことの難しさはよくわかっているつもりです。KAKEHASHIは市役所職員の副業の団体であり、活動の目的も個人の利益を求めるものではないため、余計な不信感を抱くことなく接してくださる方が多いです。この信頼感は大きな強みでもあります。だから私たちがハブになって様々な人の様々な想いを翻訳しながら、お互いにとって良きパートナーになれる相手とつなぐことができる。それこそが私たちの強みです。
市役所職員としては公平性が求められますが、法人であれば想いが共感し合った人と仕事ができる。それも私が法人という手段で活動をしている理由の一つです」

後編ではKAKEHASHIの具体的な行動や、本業と副業の両立方法、副業の活動を通しての変化について伺っていく。





【横須賀市上下水道局】自走・自律型で取り組むオフィス改革(1)

dbde5e9ffb4e58d4e7e2e45bd385f632dded2c52.jpg人口減少と高齢化率の上昇により、2040年に向けて生産労働人口減少が予測される横須賀市。上下水道事業を提供する上下水道局においても将来的に職員減少が見込まれており、サービスの維持やリスク管理に強い危機感を抱いていた。そこで2021年に働き方改革の一環として、「自走・自律型」のオフィス改革プロジェクトが上下水道局内で立ち上がった。
https://www.kokuyo-furniture.co.jp/madoguchi/special/035_yokosuka1.html



一般社団法人KAKEHASHI

2020年5月、横須賀市役所初の副業の法人として職員が設立。「熱い想いを持つ人の想いを繋ぐ架け橋となりその想いを実現して世の中をもっと良くする」というビジョンのもと、公務員と法人の両者の立場の長所を生かして活動を行う。地元特産物の開発、人財ネットワークの構築、教育、社会福祉、人財育成等の事業を行い、自主開発した野菜のピュレの販売をはじめ、人材雇用支援や性教育など幅広い活動を展開する。2021年にリクルート主催の「GOOD ACTIONアワード」入賞。

文/中原絵里子 撮影/ヤマグチイッキ