組織の力

2022.03.24

「グリーンビルディング」でESG時代を生き抜く〈前編〉

オフィスビルのサステナビリティの国際認証「WELL認証」とは?

地球環境が危機的な状況を迎え、あらゆる場面で持続可能性の視点が重視されるなか、世界では建築・都市計画やオフィスづくりにおいても、グリーンビルディングというサステナブルな取り組みが進められている。グリーンビルディングの概要やWELL認証について、一般社団法人グリーンビルディングジャパン(GBJ)元理事でもあるコクヨの齋藤敦子が解説する。

地球環境に配慮したサステナブルな環境と
人々のQOLの向上を「建築」を通して実現する

今日の社会において、エネルギー消費の削減や環境負荷の低減、建築・都市環境やインフラに関する課題、働く人の健康や労働生産性など、人間の営みはすべてサステナビリティ(持続可能性)という観点でつながっていると言えます。
50年後、100年後という長期スパンで、建物だけではなく地球や人間社会においてもサステナブルな環境づくりを行っていくグローバルな取り組みがグリーンビルディングの活動です。

グリーンビルディングとは、サステナブル・ビルディングやサステナブル・ビルト・エンバイロメントとも呼ばれるもので、サステナブル(持続可能)な環境とQOL(Quality of Life:生活の質)の向上を実現する、健康で豊かな建築や地域コミュニティと、それらを構築・運用する取り組みのことです。ビルト・エンバイロメントには、単体の建物や屋内環境、街区や都市、インフラまでさまざまな要素が含まれます。




地球環境の保全からウェルビーイングまで
建物のレジリエンスが求められる時代に

グリーンビルディングの取り組みは、立地選定から設計、建設、運用、保守、改修、解体といった建築物のライフサイクル全体を通じて、地球環境を保全していくことが急務だとして始まりました。
具体的には、省エネやCO2排出削減などの気候変動対策、資源の効率利用や循環、生態系保全といった課題です。当初の課題に加えて、レジリエンス(耐久性)や社会的公平・社会的包摂、その場を使用する人々のウェルビーイングなどを踏まえることが求められるようになり、グリーンビルディングの概念は時代とともに拡大しています。

また、グリーンビルディングは、新しい建物の建設や新たな都市計画における取り組みにとどまりません。
例えば、明治・大正期の古い建物を文化財として遺しつつ、高層ビルを建て新しい街づくりに取り組んでいる東京・丸の内の再開発プロジェクトや、歴史的な都市の景観を生かしながら開発を進めていくロンドンの都市計画など、既存の建物のレジリエンスをいかに高めながら持続可能な街をつくっていくかというプロジェクトも、グリーンビルディングの取り組みに含まれます。

グリーンビルディングの日本での推進のため、2013年に設立されたのが一般社団法人グリーンビルディングジャパン(GBJ)です。現在は、サステナブルな社会の実現に貢献するべく、グリーンビルディング認証の国際基準(LEED、WELL認証等)を国内で普及させるための活動や情報発信などを行なっています。




世界的に注目を集める
グリーンビルディングの国際認証

グリーンビルディングの第三者認証制度はいくつかありますが、国際的に広く普及しているのが、LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)とWELL認証(WELL Certification)です。LEEDはビルト・エンバイロメントのうち主に「環境性能」を評価し、WELL認証は「人々の健康とウェルネス」に焦点を当てた評価を行うのが特徴です。




環境性能を評価するLEED認証

LEED(※1)は、「統合的プロセス」「立地と交通」「敷地選定」「水の利用」「エネルギーと大気」「材料と資源」「室内環境」「革新性」「地域別重み付」の9項目でビルト・エンバイロメントの環境性能を評価し、取得したポイントにより、標準認証、シルバー、ゴールド、プラチナの認証を得られます。認証件数は世界では2020年5月時点で48,701件、日本では2021年11月時点で累計189件となっており、国内でも徐々に浸透してきています。
1_org_159_01.png ※1:LEEDは非営利団体USGBC(U.S. Green Building Council)が開発・運用し、GBCI(Green Business Certification Inc)が認証の審査を行なっている。




健康・ウェルネスを評価するWELL認証

パンデミック等の影響もあり、特に注目されているのがWELL認証(※2)です。人の健康とウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好であること)に影響を与える要素・機能をパフォーマンスベースで測定・評価・承認する評価システムです。

WELL認証の背景は「人は90%の時間を室内で過ごす。ゆえに、建築空間の健康性、快適性の重要度を認識すべきだ」という思想があります。そして、企業経営にとって多くのコストを占めているのが人件費であり、投資利益率向上、企業価値向上のためには人に投資すべきであるという考えに基づいています。また、「健康性・生産性の高い施設は不動産価値向上につながる」という不動産投資としての流れから、その客観的なものさしとしての認証制度が必要だとしてWELL認証が開発・公開されるにいたりました。

現在は、ソフト面の評価項目や基準が更新・拡充されたバージョン2に基づいて認証が行われています。
バージョン2の評価項目は、より良い建物を通じて人の健康・ウェルビーイングをサポートし、向上させるための10のコンセプト(空気、水、食物、光、運動、温熱快適性、音、材料、こころ、コミュニティ)で構成されています(2022年3月現在)。
書類審査に加えて実地検査が行われ、すべての必須項目を満たしたうえで必要な加点項目を取得することで、点数に応じてブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナのいずれかの認証が得られます。有効期限は3年間で、継続には再認証が必要です。

1_org_159_02.png 出典:Green Building Japan 2021.11

WELL認証の特徴は、エビデンスに基づいた医学的・科学的研究を組み合わせて評価基準を設定している点です。研究論文などのエビデンスは、ホームページ上でも公開されています。

WELL認証以前も、例えば光や音や香りなど、個々の分野で人々の健康や生産性と環境との関係についての研究が行われてきましたが、統合的な研究やデータベースはありませんでした。また、例えば照明の基準など、分野によっては紙ベースでの仕事や旧来の生活様式、働き方を前提とした古い基準のままのものもありました。
各要素を統合的かつ最新のエビデンスに基づいて認証することが、WELL認証への信頼度を高めています。

1_org_159_03.png 出典:Green Building Japan 2021.11

※2: WELL認証は2014年にIWBI(International WELL Building Institute)により公開。認証の審査はLEEDと同様にGBCI(Green Business Certification Inc)が行なっている。




グローバルに広がる
ウェルビーイングへの投資

WELL認証の認証件数は、2021年10月時点で世界では9,991件、認証推進中のプロジェクトも合わせると24,789件に上ります。特に、2019年〜2020年にかけて大きく件数が伸びています。

これは、ウェルビーイングが世界的なトレンドになりつつあった時期と重なります。ただ労働生産性を高めるという視点から、「ワーカーの心身の健康、快適性やウェルビーイングを高めることが生産性向上につながる」というエビデンスが示され、働く環境への意識が変わったということ。経営層がそれらの流れをキャッチし、優秀人材を獲得するという意味からも経営戦略の一環としてWELL認証を取得するようになったと考えています。
1_org_159_04.png 一方、国内では2021年10月時点で88件、認証推進中のものを含めて127件となっており、まだ過渡期にあると言えます。

ワーカーのウェルビーイングに投資するという観点では、日本は進んでいるとは言えませんが、コロナ禍でオフィスの位置づけは大きく変わりました。職種によっては毎日オフィスに出社する必要がなくなる一方、オフィスの役割として従業員のウェルビーイングが大きな要素の一つになりました。また、数年前から国内でも「健康経営」の認知度が高まり、従業員の心身の健康が重要だという認識は今や国内企業の経営層にも浸透しています。
しかし、それをオフィスという物理的環境に紐づけて考えられていないため、オフィスの整備は投資ではなく経費だと考えがちで、その結果、WELL認証の件数に表れているのではないかと思います。
1_org_159_05.png




世界基準のWELL認証
日本企業が取得するためには

WELL認証の評価基準をクリアするためにはさまざまな設備やモニタリングのしくみ、継続的な運用システムが必要なため、コストがかかります。費用面のハードルに加えて、日本の企業文化や生活習慣などにより取得しにくい項目もあります。

例えば、休暇の項目には年間20日以上の休暇取得が義務づけられているのですが、国内では入社1年目の社員の有給休暇は年間10日程度という企業が少なくありません。 また、栄養の項目にはフルーツと野菜を4種類ずつ用意するとあるのですが、日本の社員食堂で常に4種類のフルーツをそろえているところもそうないでしょう。デスク全体の25%をスタンディングデスクにするというのも、容易ではありません。
さらに、マテリアルの面でも日本と海外の基準が異なるため、国内企業がWELL認証に取り組む際には、素材メーカーも一緒になって資材の計画段階から進めていく必要があるのです。

そもそもWELL認証が海外発であるため、こうしたさまざまな要素がネックになり、国内では認証件数がなかなか増えていませんが、逆に捉えると、WELL認証を参照すれば、国際基準に照らし合わせたときに自社には何が足りていないのかがわかる、とも言えます。 WELL認証取得を検討する・しないに関わらず、ワーカーのウェルビーイングを実現するオフィスには何が必要かという視点で、ぜひWELL認証の評価項目をチェックしてみていただきたいと思います。WELL認証は定期的にアップデートされていきますが、GBJでは最新版の読み合わせや意見交換を行い、日本の企業文化や生活習慣との整合も行っています。

1_org_159_02.png 出典:Green Building Japan 2021.11





齋藤 敦子(Saitou Atuko)

コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー/一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事
設計部にてワークプレイスデザインやコンサルティングに従事した後、働き方と働く環境についての研究およびコンセプト開発を行っている。主にイノベーションプロセスや共創の場、知的生産性などが研究テーマ、講演多数。渋谷ヒカリエのCreative Lounge MOV等、具体的プロジェクトにも携わる。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 ワークプレイスの知的生産性研究部会 部会長など兼務。