組織の力

2017.11.01

拡がる「働く母」の海外赴任

国際協力を行うJICAの働き方

世界の開発途上国へ、技術や資金、人的派遣など様々な形で協力する独立行政法人 国際協力機構。JICA(ジャイカ)の略称で親しまれており、企業や大学、自治体とも連携しながら国際協力を行っている。
JICAでは女性職員が全体の1/3を占めており、海外、特に開発途上国での長期赴任の現場でも多くの女性が活躍している。近年では育児休業からほぼ全員が復職し、子連れでの海外赴任も増えてきた。こうした女性のキャリア継続のための環境整備や功績が認められ、2016年に一般財団法人日本生産性本部ワーキングウーマン・パワーアップ会議が主催した「女性活躍パワーアップ大賞」で、JICAは奨励賞を受賞するに至った。
JICAでの女性キャリア育成や活躍の背景を、人事部給与厚生課・調査役の福澤叔子さんに伺った。

海外赴任という大きなハードルを
いかにして超えられたのか?
「現在のように、女性職員がこどもを連れて海外赴任を行うようになった背景には、その働き方を支える制度だけでなく、当事者一人ひとりの努力と家族や同僚の周囲の理解という地道な積み重ねがありました」
と、福澤さんはJICAの女性躍進の経緯について話す。
JICAでは、かねてから任せられる仕事や責任に男女差がなく、女性も開発途上国の現場への出張や赴任が行われてきた。そのようなJICAでも家庭をもつ女性は海外赴任が難しく、特に母親になってからは国内での勤務が中心になる傾向があったという。しかし、パイオニアたちの努力で、2000年代以降には女性が活躍できるチャンスが拡がったのだ。
JICAでは入構(入社)すると、まず国内で2つほどの部署をまわり、その後海外の拠点へ3年前後赴任するのが、男女問わず一般的なキャリアコースになっている。特に開発途上国で、現場の業務を経験することは、その後のキャリアにとっても重要である一方、出産や育児、介護といった家庭の事情などで海外赴任が難しい場合、現場でのキャリアが積めないジレンマがあった。
その打開策が女性職員による「こどもを連れての海外赴任」だった。
既存の制度は、男性職員が妻と子を同伴して赴任することを想定して設計されてきた面があり、女性職員が夫を伴わず、こどもだけを連れて赴任するという新たなカタチに、必ずしもマッチしていない面が残る。開発途上国は、安全、衛生/医療、教育等の面での不安もあり、仕事も刻一刻と変化する現場の状況への対応が求められる。そんななか、母親一人で働きながら育児もこなすハードルは高い。しかし、そのような状況下でも少数ながら自ら工夫をして子連れで海外赴任を行う女性職員が登場してきたのだ。そして前例が出ることにより、前任者の働き方を見て後に習う者が増えていった。人事部も、海外赴任を希望する女性職員の意向を確認し、派遣先の海外拠点との調整を丁寧に進めた。海外拠点側では、受入れにあたって必要な情報の提供や、日本人スタッフ間の業務分担の見直し等の体制整備に努めたほか、女性職員をサポートするために、日本から一時的に渡航する家族の安全管理等も行った。これらの積み重ねで、特にここ数年では、子どもを連れての海外赴任が急速に増え、これまで70人以上の女性職員が、開発途上国での子連れ赴任を実現させ、キャリアアップを図っている。
「『子連れ海外赴任』という前例が増えることにより、現地でのこどもの預け先や時間のやりくりといった、子連れでの働き方のノウハウが年々蓄積されていきました。そして、これまでの『ママだからできない』という気持ちから、次第に『わたしにもできるかもしれない』という意識に変わっていったのかもしれません。」
海外での働き方や育児などの経験や情報は、人事部が主催するランチ会『いくかいランチ』や人事部が発行するニュースレター『ふくふく◎』、さらに女性職員同士のネットワークを通じて、生の情報が共有されていった。また、現地の事務所に複数の子連れ赴任者がいる場合には、忙しい時にこどもを預けあうといった「お互いさま」精神に基づく互助も自然と発生していったという。
また、女性職員による子連れでの海外赴任が実現できた背景には、本人の努力はもちろんのこと、多様な職員の活躍を理解する上司や職場の同僚、またサポートする家族の理解とサポートに拠るところが大きい。海外の拠点は日本人スタッフの人数も限られ、そのメンバーで相手国関係者との折衝や調整、日本からの出張者への対応や、地方にある現場への調査などをこなしているとのことで、メンバー間の支え合い、助け合いが非常に重要である。
「日本国内ではベビーシッター・病児保育を行う会社との法人契約を締結し、利用費用の一部を補助しています。単身で海外赴任して日本に家族を残している場合、この制度を使って国内の家族をサポートする事例もあります」
子連れでの海外赴任という大きなハードルは、家族の理解と協力、女性職員自身の勇気ある挑戦、職員同士の経験の共有、上司・同僚の理解・サポート等によって乗り越えられてきている。
海外の現場とのやり取りが多い
JICAならではの多様な時差出勤制度
JICAでは、多様な時差出勤制度を設けている。8:00~10:30までの間、30分刻みで出社時刻を選択可能で、日々の変更も可能だ。時差出勤に育児や介護のための時間短縮勤務を組み合わせることも可能で、合計17パターンの勤務時間帯が選択可能である。これらの制度は育児・介護のケア責任を有する職員にとっても有用であるが、それ以上にJICAの業務の特徴を踏まえたものでもある。JICAの業務は、時差のある海外の現場とのやり取りが密に行われる。中には半日ほど時間が異なる国もあり、夕方から、場合によっては早朝や深夜の時間帯の対応が求められることも少なくない。出社時刻を業務形態にあわせてフレキシブルに変更できる時差出勤制度は、前日の終業と翌朝の始業の実態的な「勤務インターバル」を確保するうえでも有効だ。
また、2014年からは在宅勤務制度も始まった。職員全員が対象で、原則週1日まで、在宅での勤務が可能である。在宅勤務と休暇(時間単位、半日単位)や時差出勤の組みあわせも可能で、例えば学校の保護者会の時間帯だけ休暇を取得し、前後の時間帯を在宅勤務する事例も多くみられる。IT環境の改善により、国内外の関係者とのタイムリーなやり取り、在宅での会議参加等が可能になったことで、幅広い年齢層の職員等に利用され、現在では月150件ほど利用されているという。
「働き方改革」で多様で
変化の激しい開発課題に挑む
「多様かつ変化の激しい開発課題に迅速かつ的確に対応し、JICAが付加価値の高い事業を展開していくためには、働き手一人ひとりが国際協力のプロフェッショナルとしての自覚と責任を持ち、その持てる力を主体的かつ最大限発揮することが欠かせません。これまでの取り組みで一歩ずつ改善が進みましたが、多様なスタッフの多様な働き方を促進し、国際協力のプロフェッショナルとして一人ひとりが持てる力を最大限発揮できるような職場環境の整備が一層求められています。」
JICAでは、①多様な人材の多様な働き方を促進、②個人の能力強化と生産性向上、③業務の合理化、効率化の推進の3つを取り組みの柱とした働き方改革の取り組み「SMART JICA PROJECT」を進めているという。また、女性活躍やワークライフバランスに係る多様な取り組みも重ねられてきた。
例えば、前述の社内ランチ会での話題は、仕事のことだけでなく、こどもの学校のことや育児、介護の悩みなど多岐にわたる。同じ"働く母"ならではの共通の悩みを打ち明けたり、育児の先輩からのアドバイスを受けたりできる貴重な場となっている。「海外赴任中はどうしても日本の教育事情などに疎くなってしまうため、現役のお母さんたちからの情報は大変重宝する」といった声もある。
また、育児休業後のキャリア形成に関する女性職員向けのワークショップや、育児休業中の職員を対象としたセミナーを開催。海外赴任・出張と子育ての両立などのテーマで先輩職員からの経験共有や参加者同士のグループディスカッションを実施している。また、育児や介護、病気といった様々な経験をもつ職員を「ワークライフバランスメンター」として20名以上任命。多様な働き方や経験の共有し、相談する体制を整えている。
「ワークライフバランスメンターは、育児をする女性のみならず、性別や年齢を超えて多様な経験をもつ職員をバランスよく任命するよう心掛けています。固定的なロールモデルにとらわれず、悩みながらも前向きに活躍する多様なあり方を組織全体に共有し、相談できる体制を整えることで、誰もが安心して自分の力を発揮できる職場環境につながるように思います」
パイオニアの活躍と、周囲からのサポートにより、広がってきた女性の活躍の場。「開発途上国における母子海外赴任」という高いハードルを越えてきたその努力とノウハウは、ひとつの働き方として見習うべきところは多い。

独立行政法人 国際協力機構(JICA)

日本の政府開発援助(ODA)の実施機関として、開発途上国の経済や社会の開発を目的とした国際協力を行っている。2015年からは、働き方改革「SMART JICA PROJECT」を国内全部署対象に実施している。

文・撮影/相川いずみ  取材協力/株式会社グローバルステージ