ライフのコツ

2013.10.08

こどもと親にとって理想的な空間とは?

こどもは『ほどよい見守り感』を求めている

こどもが成長してくるにつれて気になり始めるのが、『こどものための空間』。また、家の中でどのくらいの距離感で接したらいいのかも気になります。そこで専門家に、こどもが心地よく過ごしたり、好奇心を伸ばせる空間づくりの秘訣や、こどもを見守るときの上手な距離の取り方について伺いました。

大人が見せる真剣さからこどもは興味の幅を拡げる
就学前のこどもが家庭内で過ごす時に、一番楽しく、心地よくいられるのはどんな空間でしょうか。リビングルームの一角に、こども専用のコーナーをつくった方がいい?それとも、5~6歳になったら独立したこども部屋が必要?そして親は、どんな距離感で見守ればいい?こどもの年齢や性格によって答えは無限にありそうで、だからこそ迷ってしまいます。
今回は、こどものための空間づくりや、親とこどもにとって理想的な距離感について、東京学芸大准教授(デザイン・ものづくり教育)であり、建築家としても活躍する鉃矢悦朗先生聞いてみました。
「実感のあることを話さないとリアリティーがありませんから、自分の子育ての経験の場である我が家(リフォームしたマンション)を例にお話ししましょう。うちには独立したこども部屋はありません。リビングルームを中心にこどもたちが過ごす部屋も家事をする部屋も、上吊りの障子で仕切られていますが、床は一続きになっています。物理的にも心理的にも一緒にいる気配を感じる空間にしています。一緒に暮らしているのだから気配が感じ取れることが自然であり、心地よいものだと思っています。親が心地よいと感じる空間でこどもが暮らすこと、体験を積み重ねることが、こどもの価値観を育むのだと思っています。親子の価値観は似るのでなく親が自信を持って押し付けるものかもしれませんね」。鉃矢家は、2人の娘さん(中学生、高校生)がいる4人家族。大きなつながった空間で育ったためか鉃矢家では、娘さんたちが大きくなってもコミュニケーションの問題はほとんどないそうです。(いわゆる父親離れは起きていないようです。)ただ、個室はほしいと訴えてくるそうですが、夫婦で論破し、跳ね返しているそうです。
「暮らし方、価値観がいろいろあるように、空間の作り方もいろいろです。こども専用の部屋をつくれる人は、もちろんつくってもいいと思います。こどもに自分の部屋をもたせることで、独立心が芽生えるなどのメリットがあるでしょう。でも、つくれないことを問題に考えるのではなく、つくらないことにも『こどもを見守りやすい』『一緒にいるひとを思いやる心が育つ』といったメリットもあります。どっちが良いかではなく、どうやって空間のメリットを生かすかが大事です。新築をするのであれば、こどもは育ち、やがて親離れしていくと考えてデザインをすべきです。家を建てるということは自分たちの生きていく価値観を具現化することになるからです」。
鉃矢先生に、親子の距離感についてお聞きすると、幼い頃の娘さんたちに、意識していたことがあったそうです。
鉃矢先生が建築科の学生のころ、デザインしてつくったイス。
研究室には学生さんのデザインがたくさん。
「娘たちの就学前は家で作業をする日も多く、いっしょに絵を描いたり、工作をしたりする時間をたくさん持てました。その時に意識したのは、手加減しないこと(笑)僕は、こどもとの遊びとはいえ自分が楽しくなるように絵や工作をこどもの横でやっていました。また建築設計やデザインの仕事をする姿(描いたモノ)もよく見せていました。大人の真剣さ(つくる喜び、関わる楽しさ)を近くで体感することで、こどもはそこからいろいろなことを吸収し、自分の価値観をつくりあげていきます。その意味でも、家族が何をやっているのか、それぞれの気配が伝わる空間は、こどもにとって好環境だと思います」 。
こどものためにあえて何かをしなくても、「大人が『大人の時間』を真剣に過ごしていることを見せるだけでもいい」と鉃矢先生は言います。たしかに、本に没頭している親を見れば、本って面白いものかもしれないって、こどもは感じるかもしれませんね。家事をしたり、趣味に没頭する時間を持ったり、時には持ち帰った仕事をしたり。そんなお母さんの姿を見て、こどもは思った以上にしっかりとした好奇心の翼を育てているのかもしれません。
こどもは自分にとってベストな場所を必ず探し出す
 リビングなどの一角に、こども専用のスペースをつくるべきでしょうか。鉃矢先生は、「おおむねこども任せで大丈夫」といいます。
「こどもは幾度かの失敗を重ねながら動物的な勘で、家族に見守ってもらえて、しかも生活の動線とクロスしないベストな場所を必ず探し出します。その場所をこどものコーナーと決めて、好きなように飾らせたり、段ボールなど手に入りやすい材料で家具もどきをつくって置いたりすればいいのではないでしょうか。部屋が汚れないかと気になるかもしれませんが、多少のことは目をつぶってあげましょう(笑)」 となると、こどもの遊具でリビングルームがだんだん侵食されてくる場合も...? 「邪魔になるなら、大人の都合で片づけさせて問題ありません。『何時だから食事の支度』とか、生活動線で『ここは邪魔』と言われ続ければこどもも考えます。何度も失敗しても、きっとその次に修正します。こどももノマドのスタイルで、より快適な場を探し続ければ、いろいろ工夫するようになりますよ」。大人からは同じように見えてもこどもなりの工夫をしています。
こどもが自ら見守られ感のある場所を探し出すなら、親は必要以上に心配することはなさそうです。とはいえ、よりよい距離の取り方があれば知っておきたいところ。
「我が家ではこどもたちが小さい頃、ダイニングテーブルの隣に製図板に短い脚をつけたテーブルを置いていました。こどものお友だちが遊びに来ると、大人がダイニングテーブルでお茶を飲んでいる横で、こどもたちが絵を描いたりしていましたね。高さが違うテーブルにすることで、独立感と見守り感を同時に実現できたと思います」 。
「こどもは動物的な勘で、家族に見守ってもらえて、しかも生活の動線にのらないベストな場所を必ず探し出します 」と語る鉃矢先生。
それぞれの家庭の事情によって見守り感のある空間のつくり方や距離の取り方は変わってきますが、鉃矢家のケースは1つの例としてとても参考になりそうです。最後に、こどもをしかる(注意する)ときの位置関係にアドバイスをいただきました。
「正面で向き合ってしかるのはお勧めできません。お母さんの姿しか見えなくなってしまいます。こどもと一緒に何と向き合うのかよく考えてください。汚したり、こわしてしまったものなのか、そしてなぜしからねばいけないのかを考えましょう。花瓶が割れたのであれば、その割れた花瓶にこどもと一緒に向き合いましょう。鋭いガラスのかけらなど危険である事実を共有することが大切です。どう危ないのか、何が起きる心配があったのかなど、こどもと一緒の目線で問題を共有して、二度と起きてほしくない気持ちをしっかりと伝えましょう。このような場合、問題と向き合うこどもの横に親の姿があります」。

鉃矢 悦朗

東京学芸大学教育学部准教授。デザイン、デザイン教育を専門とし、あそびのデザインやイベントのデザインなど広い意味のデザイン活動から、美術教育の中でのデザイン教育などについて研究・活動中。2012年よりNPO東京学芸大こども未来研究所建築部で、空間デザインコンサルティングを担当。日本デザイン学会、大学美術教育学会に所属。

  文/横堀夏代 撮影/ヤマグチイッキ