組織の力

2019.05.09

今後の日本に求められる破壊的イノベーション〈前編〉

大企業こそ「イノベーションのジレンマ」に危機意識を

関西学院大学専門職大学院経営戦略科の玉田俊平太教授は、「イノベーションとは技術の革新にとどまらず、多くの顧客に広く普及することを含む概念です」と指摘する。そして、「日本企業はこれまでに、世界で数々のイノベーションを起こしてきました。しかし時代の変化が激しい今、これまでとは違うタイプのイノベーションが求められています」と強調する。今後の日本企業に必要とされるイノベーションについてお聞きした。

日本の大企業は
プロセス・イノベーションに強み

さらに玉田教授は、「持続的なイノベーション」「破壊的なイノベーション」という軸以外の分類法を紹介しながら、日本企業の強みを挙げる。

「私はイノベーションを分類するときに、持続的・破壊的という切り口とは別に、そのイノベーションによって『何が』変わるかに注目して分けることもあります。このときに用いるのが、プロダクト・サービス・プロセス(製造や供給の方法)という3つの切り口です。日本企業の強みは、プロセス・イノベーション(プロセスを変えることによるイノベーション)が実現しやすいことです」

日本企業でプロセス・イノベーションが起きやすい理由は、「現場の優秀さにある」と玉田教授は説明する。

「OECD(経済協力開発機構)が定期的に実施している『成人力調査』では、読解力や数的思考力などの分野で日本は常にトップクラスの成績です。つまり、製造現場で働く従業員の能力が非常に高いということです。だからこそ、リーン生産方式(部品の在庫を最小限にして他品種を少量ずつ生産する方式)なども高い水準で可能となっているのでしょう。また、現場での改善活動も盛んで、生産性アップのための取り組みが日々行われています」

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持続的イノベーションも
いずれ頭打ちになる

さて、クリステンセン氏は著書『イノベーションのジレンマ』の中で、「持続的なイノベーションを行ってきた大企業が、破壊的なイノベーションを起こした企業に足をすくわれるケースがある」と説明している。

「主力製品などである程度の市場シェアがある大企業は、その市場で破壊的イノベーションが起きても、その性能が低いために馬鹿にして、すぐには手を打たないというケースが多くみられます。しかしそういった大企業が従来の製品開発(持続的イノベーション)にとどまっているうちに、破壊的イノベーションによって起こった製品やサービスの品質が向上し、もともと既存の製品を使っていた顧客も取り込んでしまいます。その頃になってから大企業が重い腰を上げて破壊的イノベーションに舵を切っても、大きく遅れをとってしまっているのです」



「イノベーションのジレンマ」が
企業を衰退させることも

ではなぜ大企業は、持続的イノベーションにとどまるケースが多いのだろうか。玉田教授は、「企業側の合理的判断によるところが大きい」と説明する。

「大企業では、現状の製品やサービスをブラッシュアップしていけば既存顧客が買い換えてくれて収益が見込めるのに、どこにいるかわからない新しい顧客をターゲットにする破壊的製品を開発すのはリスクが高く合理的でない、という経営判断をしがちです。だから破壊的イノベーションに舵を切るのが遅れ、気がついた時には市場における主役の座を後発の企業に譲ってしまうことになります。短期的な視点で合理的な経営判断を繰り返しているうちに、中長期的に見れば衰退への道を辿ってしまう、という"イノベーションのジレンマ"が起こるのです。」

イノベーションのジレンマについて、玉田教授は自動車メーカーの例を挙げて説明する。
「例えばアメリカのある自動車メーカーでは、合理的な経営判断に基づいて利益率の高い中型・大型車をメインにし、小型車をつくらなくなってしまいました。そのため、日本や中国、韓国の小型車が広く普及し、小型車を切り捨てたそのメーカーは大きく衰退してしまったのです」

玉田教授は、「今後の日本でもイノベーションのジレンマは増える可能性が高い」と警鐘を鳴らす。

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「少し前の日本のオーナー企業では、財務の論理よりも企業の生存本能とでもいうべき直感的・長期的視点から判断を行うことで、利幅の少ない市場に踏みとどまるケースが少なからず見られました。しかし近年は、財務の論理に基づいた経営判断が重視される傾向があり、目に見える収益に一見つながりにくい低価格帯の製品や新しい顧客をターゲットにするサービスが切り捨てられがちです。そうなると、海外の破壊的イノベーターがまったく新しい低価格帯の製品を打ち出してきたときに、足をすくわれる企業が出てくるでしょう。また、もともと持続的なイノベーションを得意としてきた日本ですが、各社のガラケーがアップルのiPhoneやGoogleのAndroidスマホに駆逐されてしまった例などからわかるように、進化の袋小路から飛び出して別の価値体系を持つイノベーションを起こさないとグローバル市場で闘えなくなってきています」

破壊的なイノベーションは低品質・低コストという形で市場に現れることが多いので、大企業は「あんなモノはオモチャだ」と軽視しがちだ。しかし、小さな「破壊の兆候」に気づき、いち早く次の手を打っていくことが、世界を相手とする日本企業に今こそ求められると言えるだろう。後編では、破壊的イノベーションに向けて企業が取り組むべきことについてお聞きする。

玉田 俊平太(Tamada Schumpeter)

関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科副研究科長・教授。専門は技術経営、科学技術政策。東京大学で学んだのち、ハーバード大学に留学し、ビジネススクールにてマイケル・ポーター氏やクレイトン・クリステンセン氏に競争力と戦略の関係やイノベーションのマネジメントを学ぶ。経済産業省、経済産業研究所フェローを経て現職。著書に『日本のイノベーションのジレンマ』(翔泳社)など。

文/横堀夏代 撮影/出合浩介