仕事のプロ

2026.06.10

ワークプレイスは組織のブランディング・メディアになりうるか?

AI時代のワークプレイスの新たな価値を考える

昨今は、多くの企業がパーパス、ミッション、バリューといった理念を掲げ、それらを積極的に発信している。一方、社外に向けた発信と同様に重要であり、かつ、課題にもなっているのが、社内に向けた発信・浸透だ。従業員の価値観や働き方・あり方を企業の思いに即したものに変えていくためには、ワークプレイスを「社内・外へのブランディング・メディア(=企業ブランドを浸透・発信させる媒体)として捉え、ワークプレイスを通してメッセージを伝えることが有効なのではないか…。そんな問いを起点に、「Workplace As Media(WAM)」を提唱するコクヨ・坂本崇博が、クリエイティブディレクター・PRディレクターの橋田和明氏とともに、「ブランディング・メディアとしてのワークプレイスのあり方」を紐解く。

メディアとしてのワークプレイス
~ワークプレイスは「価値観を変える仕掛け」となる~

坂本:私は、仕事を通してさまざまな組織のワークプレイスづくりに携わるなかで、ワークプレイスは業務やコミュニケーションの場であるだけでなく、組織が社内外に向けて自分たちの価値観やカルチャーを発信するメディア(Workplace As Media:WAM)」として進化していくと考えています。とくにAIが進化し、多くの作業労働・知識労働がAIによって省力化・代替される近い将来においては、人間の労働は「感情労働」、すなわち、人の情動(キモチ)を動かすことが付加価値になると感じています。
例えば、部下のモチベーションを高めて挑戦を後押ししたり、経営層の勇気ある決断を促したり、お客様にファンになっていただいたりと、単に機能面や経済合理性の充足だけでなく、人の情動(キモチ)に訴えて情動を促すことで、行動につなげていくことが重要な「人の価値」になると思います。そうしたなかで、「人の情動(キモチ)を動かすメディア」としてのワークプレイスのあり方を考えることの重要性は高まっていくと考えており、今日は橋田さんと意見を交わし合えるのを楽しみにしてきました。

橋田:ありがとうございます。ワークプレイスという空間そのものがメディアになるという考え方は、広告メディアに長く携わってきた身として、大変興味深いですね。坂本さんが考える「Workplace As Media」について、詳しく聞かせてください。

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坂本:ワークプレイスは、単に仕事をする場ではなく、そこにいる誰か(主に社員)に何らかの(目先の仕事面以外の)情報を伝え、相手の気持ちや行動に影響を与える情報発信媒体である、という考えです。具体的には、好奇心を刺激する、チャレンジを誘発するといった情動(キモチ)の後押しを期待しており、手法としては、デジタルサイネージ、社内報、チラシやポスター、写真、部署紹介コーナーなど、ワークプレイスのさまざまな場所に仕掛けを施すマルチメディア的な戦略が有効ではないだろうかと考えています。

橋田:なるほど。ワークプレイス全体を一つの広告媒体のように捉えて、社員の心を動かすための仕掛けを施す、というわけですね。

坂本:そうなんです。橋田さんはこれまで、広告メディアや企業・商品のブランディングを数多く手がけてこられました。そんな橋田さんから見て、この考え方についてどのようにお感じになりますか?

橋田:メディアというのは、紙、ラジオ、テレビ、インターネット、スマートフォン...と、時代や状況によって変わり得るものです。大事なのは、どのようなメッセージをメディアに載せるか、それによって受け手の価値観をいかに変えるか。ですから私自身は、「メディアの仕事」というよりは、「世の中の価値観を変える仕事」をしてきた感覚があります。
大事なのはメディアそのものより、その結果として人の見方や行動がどう変わるかなんです。例えば、某酒類メーカーのジンのPRでは、「ジン=バーで飲むジントニック(ハードルが高い)」という価値観を「ジン=居酒屋で飲むジンソーダ(気軽に楽しめる)」へと広げていこうという取り組みをお手伝いしていました。

坂本:なるほど。メディアは手段・ツールであり、本質は「受け手の価値観を変えるための創意工夫」とうことですね。
私は人類最古のメディアは壁画だと思っていて。誰かに何かの情報を残したい、メッセージを伝えたい。それによって相手の行動や感情を動かしたい。そのための手段がメディアだと考えています。だからワークプレイスもメディアとして、「価値観を変える・育む場」となり、そこで働く人が何かを受け取り、その人の情動(キモチ)や行動が変わるような仕掛けができればいいなと思っています。




メディアとしてのワークプレイスの進化
~ブランディングの一貫としてのワークプレイスづくり~

坂本:ただ実際は、メディア、つまり、発信媒体としてのワークプレイスの力はまだまだ不十分で改善の余地が大きいと感じています。会社としては「思い」や「意図」を込めてワークプレイスをつくっていても、そのメッセージが従業員には伝わっていない、行動変容につながっていない...というケースも多々見てきました。そのあたりはどのようにお考えでしょうか?

橋田:坂本さんが最初におっしゃった、ワークプレイスのデジタルサイネージ、社内報、チラシやポスターといったメディアは有効である一方、広告の世界でも長年実践されてきた王道の手法です。
「ワークプレイスはメディアだ!」というWAMの新しい発想を最大化するためにも、もう一歩踏み込んだ視点も面白いかも知れません。例えば、社是や社訓を目立つ場所に掲げることで認知は高まるかもしれませんが、ともすると「従わなければならない」という圧迫感がないですか? それだと押しつけになってしまって、カルチャーや価値観の醸成にはつながりにくいのかなと思うんです。

坂本:圧迫感、ありますね。私も、「〜せねばならない」「〜はするな」といった要請をするのではなく、ワーカーの「なんとなく〜したくなる」を引き出すようなワークプレイスにすることが、Workplace As Mediaにおいても大事だと考えています。

橋田:そうですね。ポスターやサイネージといったメッセージを伝えるための手法ももちろん効果があると思います。ただ、坂本さんの考えるWAMの面白さは、そうした「掲示」だけではなく、ワークプレイス空間そのものや、そこでの働き方そのものが企業の価値観を自然と伝えていくところにある気がします。
「ワークプレイスはメディアだ」という新しい価値観をどう浸透させるか。その時に重要なのは、単にメッセージを掲げることではなく、ワークプレイス空間そのものが企業の思想やカルチャーを体現していることなのかもしれません。これは、ブランディングの視点で訴えると、より伝わりやすくなるかもしれません。つまり、「ワークプレイスは企業ブランドを伝えるメディアである」という考え方です。

坂本:ブランディングの視点ですか。企業のブランディングにおいては、ワークプレイスのあり方が重要だと?

橋田:はい。ブランディングというと、一般的にはCI(コーポレート・アイデンティティ)やVI(ビジュアル・アイデンティティ)といったものを整える、リブランディングの場合はそれらをリニューアルする、というのが王道です。言ってみれば、企業として大事にしてきたこと・ものの見せ方を変える、ということです。
これに加えて、ブランディングの一環として、ワークプレイスを変えることまで考えましょう、というわけです。ブランディングの重要性は周知されているので、そこに「ワークプレイス」という要素を追加することで、ワークプレイスに新しい価値を与えることができるのではないでしょうか。

坂本:なるほど。どんなワークプレイスでどんな人たちがどんな働き方をしているかまで含めて、その企業のブランドだというわけですね。

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橋田:企業や商品のブランディングって、もはやCMを作ることではないんですよね。今は、企業が何を言うかより、「実際にどうあるか」というファクトがブランドになる時代だと思います。しっかりとしたファクトがないままCMを作っても、それはイメージ、フィクション、虚構でしかないと見抜かれてしまう。
そして、企業のブランディングの場合、ワークプレイスがファクトの一つになると思うんです。ワークプレイスには、例えば、従業員のことを考えているか、新しいことに挑戦しているか、自由な雰囲気か、組織間の壁はあるか...といったことが現れますよね。それが、企業のブランディングにつながり得るというのは、想像に難くないでしょう。

坂本:コクヨには、社員がリアルに働く空間を公開しているライブワークプレイス「THE CAMPUS」がありますが、あれはまさに、当社が実験・提案するワークプレイスや働き方、組織のあり方といった新しい価値観を体現したメディアだということですよね。

※THE CAMPUSの画像掲載予定


橋田:はい。働いている人や空間が企業のメディアであるという考え方は、多くの人には斬新に映っているはずです。私も驚きました。そして、外部の目があるライブオフィスで仕事をすることが当たり前になっているというカルチャーも、とても面白いですよね。
コクヨの場合は業種的な背景があるとは思いますが、企業が伝えたい思いや生み出したい価値を体現したワークプレイスというのは、他の企業でも取り入れられる視点だと思います。




ワークプレイスで実践しつつ、メッセージを積極的に
発信していくことが、社内での浸透につながる

坂本:ワークプレイスが、ブランディングという大きな経営戦略の一環となり得るわけですね。ブランディングというと、外向けの発信・浸透のイメージも強いですが、「インナーブランディング」、つまり、そこで働くワーカーにとっても自社が目指す姿や実現したい価値観を伝え浸透させるメディアになり得ると思います。しかも、「〇〇させる」という要請型ではなく「なんとなく〇〇したくなる」という誘導型にするには、どのようなやり方がいいのでしょうか?

橋田:ブランディングと同様に、伝えたいメッセージ、意思、主張を発信することと、現場でのファクトがあることの2つが大事だと思います。
コクヨのライブオフィスの例で言うと、新しいワークプレイスのあり方や働き方を提言しつつ、それを実践して仕事をしている人たちがいる、ということです。ソフトだけじゃなくハードもしっかりやる。いわゆる「ガワ」を整えるだけでなく、中身もしっかりと作る。内実がなければ説得力がなく、人は変わりません。内を固めつつ、すでに取り組んでいる人たちが自分たちの生み出したい価値や伝えたいメッセージを積極的に発信していくことで、社内でのさらなる浸透につながるのではないかと思います。

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坂本:ワークプレイスは単なる作業場ではなくメディアでありブランディングの場である、コクヨはそうやって世の中の価値観を変えようとしているんだ、ということを社員一人ひとりが腹落ちする必要があるということですね。もちろん、多様な人が働いているなか、さまざまな受け止め方や意見があるのは当然で、全員に浸透させるのは簡単ではありませんが、その輪を少しずつ広げられるといいですね。

橋田:もう1点、「問いが立つワークプレイス」というのも、Workplace As Mediaを考えるうえで一つのカギになると思います。人って「こうしなさい」と言われると、理解はしても、自分ごとにはなりにくい。思わず「これってなぜだろう?」「どういう意味があるんだろう?」と好奇心を刺激する仕掛け、自分の仕事と社会とのつながりを考えさせるような問いが立つ仕掛けがあるといいのではないでしょうか。

坂本:「問いが立つ」というのは、言い方を変えると「唯一の正解がない」「答えを押し付けない」ということでしょうか。その視点で言うと、当社のTHE CAMPUSでは、空間のコンセプトを「育む」や「整う」といった抽象的な表現にしています。

橋田:面白いですね。「集中ルーム」「リラックススペース」などと目的が限定されると要請感がありますが、「育む」「整う」だと、「育むってどういうこと?」「整うって何だろう?」という問いが立ち、好奇心が刺激されますよね。

坂本:確かにそうですね。橋田さんとお話ししたことで、そもそもWorkplace As Mediaとはどういうことかをファクトを交えて丁寧に伝え、社員に腹落ちしてもらうことが大事だと、新たな気づきを得ることができました。また、人の行動や気持ちを動かすというワークプレイスのもつ価値や力を、ブランディングの視点から問い直すことができ、大変有意義な対話となりました。ありがとうございました。

橋田:昨今は、自社のパーパスやビジョンを、社会との関係性に重きを置いたものに書き換えようとしている企業、リブランディングに取り組む企業が増えています。そのなかで、「ワークプレイスはメディアである」「外側の看板や広告だけではなく、内側のワークプレイスや働き方から変えていこう」といったメッセージや「Workplace As Media」といった考え方は、経営者にも響くのではないかと思います。




橋田 和明(Hashida Kazuaki)

1980年、東京都出身。2002年、東京大学経済学部を卒業し、博報堂に入社。ストラテジックプランニングに従事する。2006年、博報堂ケトル設立とともに出向。2018年に独立し、HASHI.incを設立。現在は、クリエイティブディレクター・PRディレクターとして、企業や社会の課題解決を目指す。ADC賞、クリエイターオブザイヤーメダリスト、日本PR大賞グランプリ、日経新聞広告賞 最優秀賞、毎日広告デザイン賞 最高賞、グッドデザイン賞、ACC賞など受賞歴多数。

坂本 崇博(Sakamoto Takahiro)

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント/働き方改革PJアドバイザー/一般健康管理指導員
2001年コクヨ入社。資料作成や文書管理、アウトソーシング、会議改革など数々の働き方改革ソリューションの立ち上げ、事業化に参画。残業削減、ダイバーシティ、イノベーション、健康経営といったテーマで、企業や自治体を対象に働き方改革の制度・仕組みづくり、意識改革・スキルアップ研修などをサポートするコンサルタント。

文/笹原風花 撮影/MANA-Biz編集部