仕事のプロ

2020.06.09

渋滞学・無駄学からみるダイバーシティ〈後編〉

組織の多様性は長期的に利益をもたらす「科学的ゆとり」

前編では、仕事の「渋滞」を解消するためには「ゆとり」が必要であること、組織内で「無駄」を定義づけることが重要であること、2~3割のゆとり(科学的ゆとり)をもつことで生産性の向上や業務改善が進むことなどを、事例を交えて紹介していただいた。引き続き、東京大学先端科学技術研究センターの西成活裕教授に、「渋滞学」・「無駄学」の観点から、アフターコロナの時代に企業や組織がめざすべき方向性やダイバーシティの可能性について解説していただいた。

数値指標だけの判断は長期的なリスクあり。
「科学的ゆとり」を評価する仕組みづくりを

組織編成や企業経営、人事評価、組織のダイバーシティにおいても、「科学的ゆとり」(短期的には無駄に見えるが長期的には利益をもたらすもの)の視点は非常に重要になる。一方、科学的ゆとりそのものには数値化が難しいものも多く、思考を変えていく必要があると、西成教授は主張する。

「問題になるのが指標です。昨今は、ROEやKPIといった数値で組織を評価するシーンが多々あります。こうした数値で判断するのは合理的ではありますが、そこでの時間軸は短期的であることが多く、その短い期間の数値だけを見て判断していると、長期的に見て利益になる取り組みの芽が摘まれてしまう可能性があるのです」

「そもそもその企業が何のために存在しているのか、どう社会に貢献しているのかという理念に基づき目的はつくられるものであり、その途中に目的に向けた目標が設定されます。KPIなどの短期的なものは、目標達成の指標の一つであり、あくまでもマイルストーン的に見るべきものなのです」

「一方、社員の満足度や幸福度、社内コミュニケーションへの貢献度など、数値化できないものはたくさんあります」

「例えば、ある企業で営業成績の悪いAさんを部署から外したところ、半年後にはその部署の人間関係がボロボロになって崩壊してしまいました。よくよく聞いてみると、Aさんは押しが弱くて営業成績は冴えなかったけれど、他の営業マンの悩みを聞いたり、人と人の間を取りもったりと、コミュニケーションに長けた人だったということがわかりました。Aさんの存在自体が"科学的ゆとり"だったわけです。しかし、このAさんの存在価値は数値化が難しい。こういう事例はたくさんあります」

「ただ、近年ではこの数値化が難しいものを見える化する動きがあります。有名なところでは、ブータンのGNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)です。また最近はテクノロジーを活用してコミュニケーション力などを測ろうと試みている企業も出てきていて、これが可能になれば新しいKPIが生まれるのではないかと期待しています」



組織に多様性があれば、社会環境が変わり
目的が変わっても、柔軟に対応できる

昨今、組織のダイバーシティが推進される一方、それがどう利益につながるのかという議論があるが、Aさんの事例のように科学的ゆとりの観点で考えると、組織におけるダイバーシティの有益性が見えてくる。

「無駄は3P(目的・期間・立場)で決まりますが、そもそも企業の目的は、社会環境に応じて変わるものです。つまり、社会環境が変わり目的が変われば、何が無駄で何が有益かも変わってきます。ですから、ある目的の達成のために役立つ人だけを採用してきた企業は、目的が変わった途端に崩壊してしまうリスクを抱えているのです。一方、多様性のある企業では、今まではパッとしなかった社員が、目的が変わったことで大活躍する、ということもあり得るわけです」

「おもしろいのが、アリの例です。アリにとっては、エサ場と巣とを往復してエサを運ぶ行動以外は無駄です。2~3割、多いと5割くらいのアリは、働かずにフラフラと遊んでいるのですが、エサがなくなり新しいエサ場が必要になったときに見つけてくるのは、そういう無駄に見える行動をしていたアリなんです」

 社会が求める企業の役割が変われば、企業の目的も変わる
 企業の目的が変われば、必要な人材も変わる
 人材の多様化により、社会の変化に柔軟に対応できる企業になる

「組織も同じです。単一の目的だけで人材をフィルタリングしていると、短期では良くても長期ではうまくいきません」

「最近、私が提唱しているのが、ジャンケン理論です。ジャンケンは、例えば、グーはチョキに勝ててもパーには負けます。つまりグー・チョキ・パーは等しく強くて等しく弱いく、絶対的な勝ちはなく、評価軸により勝ち負けが変わります」

「組織でも、一つの軸だけで評価していると、その軸で評価されない人は居心地が悪くなりますが、軸が多ければ多いほどみんなが何かしら評価されて居心地が良くなります。そして、結果的に勝ちも増えていく。だから組織には多様性が必要で、その多様性をきちんと評価できることが重要なのです」

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西成 活裕(Nishinari Katsuhiro)


東京大学先端科学技術研究センター教授。1967年東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)の学位を取得。山形大学、龍谷大学、ケルン大学理論物理学研究所を経て現職。ムダとり学会会長、ムジコロジー研究所所長などを併任。専門は数理物理学。さまざまな渋滞を分野横断的に研究する「渋滞学」を提唱し、著書「渋滞学」(新潮選書)は講談社科学出版賞などを受賞。2007年JSTさきがけ研究員、2010年内閣府イノベーション国際共同研究座長、文部科学省「科学技術への顕著な貢献 2013」に選出され、東京オリンピック組織委員会アドバイザーも務めている。日経新聞「明日への話題」連載、日本テレビ「世界一受けたい授業」に多数回出演するなど、メディアでも活躍中。

文/笹原風花