レポート

2018.11.16

働き方改革における「生産性の高い姿」とは?

『オフィス学プロジェクト』の視点から働き方改革を考える

2018年10月、コクヨ東京ショールームで、東京大学大学院経済学研究科の稲水伸行准教授と稲水ゼミ所属の大学生を招いて、「働き方改革における生産性」について考えるイベントが行われた。当日は稲水氏の講義、コクヨ株式会社のワークスタイルコンサルタントである坂本崇博氏によるトークに続いて、コクヨのワークスタイルコンサルタント曽根原士郎氏を進行役に、稲水氏と坂本氏のパネルディスカッションが展開された。オフィスにおける生産性の定義やクリエイティビティのあり方など、多様なテーマが扱われたイベントの様子を紹介する。

労働時間を削減しても
生産性が上がるわけではない

続いてコクヨの坂本氏から、「企業の働き方改革事例とコクヨのノウハウ」と題して、働き方改革において多くの企業でみられる課題や、コクヨの実践例が紹介された。

【坂本氏講演概要】
私は新卒入社から16年間、ワークスタイルコンサルタントとしてさまざまな企業の働き方改革を支援してきました。多くの企業では、働き方改革の施策として労働時間の削減を進めようとしています。しかし私は、「働く時間を減らしたからといって生産性が上がるわけではない」と繰り返しお伝えしています。


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コクヨでは、生産性の向上は事業内容や仕事のプロセス、ワーカーのスキルを見直すことで初めて見込めると考えています。
もちろん企業も、時代の動きを見ながら事業転換を図ったり、仕事のプロセスを効率化させたり、働き手のスキルを上げたりする取り組みを行っています。一時代前までは、こうした企業努力によってその企業の市場価値が高まり、生産性が大きく上がりました。しかし近年は、事業開発やテクノロジー進化におけるスピードが上がっているため、社内で取り組むだけでは企業価値を大きく高めるのは難しいでしょう。

ですから生産性を上げるには、その企業における既存のプロセスを知らない社外の人材を巻き込んで、多角的視点で新しいプロセスを考えていくことが必要だと考えています。





オフィスを変えても
働き方が変わるとは限らない

働き方改革においては、「新しい成果を生み出すにはコミュニケーションの活性化が必要」とよく言われます。なかでもアイデアが生まれるきっかけになるのは「急ぎではない×仕事に関するコミュニケーション」です。ですからコクヨでは、新しいアイデアにつながる不要不急のコミュニケーションを生むために、1990年代からフリーアドレスを導入し、コミュニケーションスペースをつくってオフィス環境を整えてきました。

当時は、チームで問題解決をしながら仕事を進めていく働き方が主流でしたが、「今後は、隠れたニーズに気づく『問題発見』によってビジネスが生まれるのではないか」とコクヨは考えました。問題発見は、普段一緒に仕事をすることがないが、ある程度は親しい人同士のちょっとした会話から生まれることが少なくありません。そこで、「問題発見のコミュニケーション」を期待してオフィス空間をつくりました。まずは偶然近くに居合わせることによって人間関係をつくってもらい、そこから新しいアイデアに結びつくコミュニケーションをしてもらおうと思ったわけです。

しかし実際には、偶発的なコミュニケーションも新しいアイデアも期待したほど生まれませんでした。目の前の業務に追われ、できるだけ人のいない場所を選んで仕事をするワーカーが多かったのです。また、「好きな場所で仕事をしてよい」と言われると戸惑ってしまい、結局は上司の意向に沿って働く場所を選ぶ人も少なくありませんでした。オフィスを変えるだけでは働き方改革は進展しないことを、身をもって体感したわけです。



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論理的アプローチは難しい

さまざまな企業の事例をみてきたなかで、私が近年お客さまに提案しているのは、『政治学的アプローチ』『心理学的アプローチ』『論理学的アプローチ』の3つです。

『政治学的アプローチ』とは、制度やルールをつくることです。『心理学的アプローチ』は、ワーカーの感情やモチベーションに働きかける方法です。稲水先生はワーカーの感情が生産性に関わってくるというお話をされていましたが、さまざまな企業の事例を見ていても、心理に働きかけることで確かに生産性は変わってくるといえそうです。

『論理学的アプローチ』は、「とにかくやってみよう」というやり方ではなく、その施策によって見込める効果を論理的に説明し、納得を得る方法です。しかしこのアプローチ方法は、因果関係の実証が難しいため、今までは正直お客様に提案しづらい面がありました。

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しかし、稲水先生が推進する『オフィス学プロジェクト』の研究によって、論理学的アプローチの可能性が拓かれようとしています。また、ワークエンゲージメント指数を可視化できるツールが開発されるなどテクノロジーの進化によって、能動的な因果関係の調査が可能になってきました。生産性やコミュニケーションを高める方法を科学的に探っていけるようになれば、さらによい働き方改革の提案につながるのではと、私たちも期待しています。



偶発的なコミュニケーションには
オフィス空間だけでなくソフト面の仕掛けも必要

最後に稲水氏と坂本氏のトークセッションが行われ、生産性の高いオフィスのあり方について議論が繰り広げられた。

稲水:コクヨの品川SSTライブオフィス(※)を拝見して印象的だったのは、コミュニケーションスペースのナレッジコンシェルジュサービスです。ワーカーがキャッチしにくい、社内外の情報提供やコミュニケーションをサポートしてくれるシステムは非常に面白いと感じました。

※ライブオフィスとは、コクヨ社員が実際に働いている現場を見学することで、最先端のワークスタイルやオフィスの可能性を実感してもうらためのオフィス。

坂本:私たちコクヨが提供するのは、オフィスファニチャーや空間設計だけではありません。「必要としている情報やスキルは社内にあるはずなのに、アクセスできない」というオフィスの困り事に対するソリューションとして、コンシェルジュサービスという形を提示したかったんです。

稲水:近年、コワーキングスペースの形態が増えていますが、そこで違う業種や属性の人同士でコミュニケーションが生まれたり、新しいビジネスが誕生したりといった話はほとんど聞きません。オフィス空間づくりとあわせて、コンシェルジュサービスのようなソフト面でコミュニケーションが生まれやすい仕掛けをつくっていくことも、イノベーションの創出や生産性を高めるためのポイントといえるかもしれません。



業種によって
オフィスづくりの意図や戦略は多様

坂本:いろいろなオフィスをご覧になってきた稲水先生にお聞きしたいのですが、業種ごとのオフィスづくりや企業文化について、特徴的な事例を教えてください。

稲水:例えばメーカー系の企業は、革新的なオフィスをつくるというよりは、オフィスの運用方法などを定期的に改善する活動が盛んで「オフィスを育てていく」という意識が強いですね。一方でITベンチャーは、エントランスからしてアッと言わせるような、空間を大胆に使ったオフィスが目立ちます。いわゆる「魅せるオフィス」をつくることでワーカーに訴えかけ、人事採用につなげようとしているのではないでしょうか。オフィスづくり自体が人材戦略の一環となっている気がします。

坂本:「人材戦略におけるオフィス改革」という研究は、切り口としてあるかもしれませんね。オフィス投資の効果として、定量的に検証していくことが可能ではないでしょうか。

稲水:投資効果の検証ができれば、マネジメント側はオフィス投資に対して意思決定がしやすくなりますね。

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稲水 伸行(Inamizu Nobuyuki)

東京大学大学院経済学研究科准教授。日本企業の職場組織の動態について、定量・定性の両面から調査・分析を行うとともに、コンピュータ・シミュレーションを用いたモデル化にも取り組む。『オフィス学プロジェクト』を主宰。著書には『流動化する組織の意思決定 エージェント・ベース・アプローチ』(東京大学出版会)などがある。

坂本崇博(Sakamoto Takahiro)
2001年コクヨ入社。資料作成や文書管理、会議改革などさまざまな働き方改革ソリューションの立ち上げや事業家に参画。健康経営やダイバーシティ推進などのテーマで企業や自治体を中心に働き方改革の制度・仕組みづくり、意識改革・スキルアップ研修などをサポートする。

文/横堀夏代 撮影/MANA-Biz編集部