組織の力

2022.05.18

新渡戸文化学園が挑む教員の働き方改革〈後編〉

生徒によりよく伴走するために“二刀流”を実践

学校法人・新渡戸文化学園(東京都中野区)では、現職教員が副業・兼業など学校以外で活動できる「二刀流教員」の制度を2020年度から実践している。前編では平岩国泰学園理事長から制度導入の意図を語っていただいたが、学校以外の場をもつ教員はどのような実感を得ながら働いているのだろうか。2021年度から同校で教壇に立ちながら、大学院通学やNPO法人での活動にも取り組む高橋伸明教諭に話を伺った。

「教育にインパクトを与えたい!」
転職して二刀流教員に

高橋教諭は、大学院卒業後の6年間、都立高校2校で教員を務めてきた。新渡戸文化学園に着任したのは21年4月から。地方公務員という立場をいったんリセットし、同校で再出発を果たした。きっかけは、勤務先の高校で実践したキャリア教育の内容が評価され、19年に東京新聞教育賞、20年に読売教育賞(最優秀賞)を受賞したことだった。

「教育現場で生徒たちと向き合うことはもちろん重要ですが、教育全体にインパクトを与えられる活動をめざしたい思いが強くなり、そのためには自分自身も学びを深めなければと感じて、大学院の博士課程受験を決めました」

大学院の学びと都立高校勤務を両立するのは制度的に難しかったため、受験準備の一方で、学んだ理論を実践できる教育現場がないかと模索していた。その中で知ったのが、新渡戸文化学園でおこなわれている「二刀流教員」という働き方だった。

「二刀流で働いている先生方が発信しているSNSを拝見し、前例のない教育を実践している姿に感銘を受けました。自分もこんなふうに活動できたら、と強く感じたのです。幸い大学院にも合格できたので、未知数の部分もありましたが飛び込んでしまいました」




本業と副業の両立のために
「何が最優先事項か」を常に考える

現在は、同校の専任教諭として中・高で国語の授業を担当しながら大学院に通学し、さらに以前からつながりのあるNPOで教育アドバイザーとしての活動も不定期でおこなっている。週20コマ近くの授業を担当しながら、複数の場で活動する忙しい毎日だ。

「確かに時間的には余裕がなく、常に『今は何を最優先に取り組むべきか』を自問しながら行動しています。とはいえ、新渡戸では中学の1~3年生を複数の教員で担当するチーム担任制を採用していて、タスクを一人で抱え込みにくい体制になっているのは、ありがたいですね」

同僚と仕事を分担する一方で、できることに対しては積極的に引き受ける習慣も、同校赴任後に身についたという。

「何か課題が出てきたときに『やらせてください』と名乗り出るようにしていたら、職員室でこの『やらせてください』フレーズが流行ってしまって(笑)。公立校時代は『自分が担任しているクラスの生徒に責任を持つ』といった意識が強かったけれど、新渡戸は協働体制が確立されているので、自分から申し出れば誰でもその仕事を担当できます。率先して課題解決に挑んでいく姿勢は、この1年間で得られた大切なマインドだと感じます」

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自身のキャリアに真剣に向き合うことが
生徒の進路指導にも活きる

高橋教諭は、国語の授業を担当する一方で、キャリア教育に積極的に携わっている。

「都立高校時代は生徒の進路指導を手がける際に、『民間企業への就職経験がない自分が担当していいのだろうか』という戸惑いがありました。そこで新渡戸では生徒と伴走するスタンスで、社会で働く方々と生徒をつなぐことに取り組んでいます。
例えば同校には『クロス・カリキュラム』という教科横断型のカリキュラムがあるのですが、生徒と一緒に民間企業や官公庁などを訪れて聞き取り学習を行っています。21年度にはスターバックスコーヒージャパンや中野区環境課、すみだ水族館などを訪れ、環境への取り組みについて取材などもおこないました」

また、学校以外にも活動の場をもっていることは、生徒との関わりにおいてもプラスに働いているという。

「生徒に学ぶことの重要性を伝えるにあたって、自分自身が大学院に通っている体験を話すことで説得力が増します。『大学院でどんなことを勉強しているんですか?』と興味を持ってくれる生徒もいます」

高橋教諭は今後も、学校と社会とつなぐ役割を担っていきたいという。そこにとどまらず、長期的な展望も抱いている。

「新渡戸で革新的な教育にチャレンジすることで社会にインパクトを与え、将来は日本の教育を変えていきたいという野望を持っています。具体的には、大学で次世代の教師を養成する立場に立つことを夢見ています。教員の仕事は忙しく、目の前のタスクに気を取られがちですが、ライフプランやキャリアについても考えることが必要ではないでしょうか。その姿勢を見せることで、生徒も自分のキャリアをより真剣に考えるようになってくれると信じています」

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現在の教育実践で手一杯にならず10年以上先のキャリアも見据えて行動する高橋教諭のような教員が増えることで、生徒もより広い視野で未来を見つめられるようになる。そのための土壌として、学校側では二刀流教員制度をつくり、魅力的な人材が集まる仕掛けを用意した。

学校は働き方改革が進みにくい労働現場とされてきたが、その学校にもワークスタイル変革の波は確実に押し寄せている。ここでメリットを得るのは教員たちだけではない。自由度の高い働き方を楽しみ広い視野でキャリア形成をおこなっている姿は、未来のワーカーである生徒たちにも好影響を及ぼすことは想像に難くない。その意味で、学校が働き方改革に取り組む意義は大きいといえる。




学校法人新渡戸文化学園

1927年に、女子文化高等学院として創立。初代校長は新渡戸稲造氏。その後中野区に移転し、幼稚園・小学校・中学校・高校と短大を設置して、学校法人新渡戸文化学園に。2019年から実践している「二刀流教員」の取り組みは、2021年にリクルート主催の「GOOD ACTIONアワード」で入賞。

文/横堀夏代 撮影/高永三津子