仕事のプロ

2019.04.08

ビジネスに求められる「美意識」とは?〈前編〉

美意識を貫く姿勢が企業価値をつくる

ビジネスと美意識は、一見つながりが薄そうにみえるかもしれない。しかし、イギリスのアートスクールなどで開講されているエグゼクティブ向けのプログラムに、グローバル企業が幹部候補生を送り込むなど、ビジネスにおいて「美意識を鍛える」といった動きがみられ始めている。組織開発・人材育成を専門とするコンサルティングファーム、コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社でシニアクライアントパートナーを務める山口周氏は、「ビジネスにおいては長らく、分析や論理が重視されてきました。しかし、今日のような複雑で不安定な世界では、直感や感性なども重要となり、美意識が求められます」と指摘する。ビジネスにおける美意識の重要性についてお聞きした。

ブランドの「ストーリー」をつくるには
美意識を持って打ち出す要素を選別することが必要

山口氏自身が愛用するアップル社やモレスキンの製品と、他社製品との違いはどこにあるのだろうか。山口氏は「ストーリー」だという。

「例えばモレスキンなら、品質だけでいえばもっとよい製品はほかにあるかもしれません。それでも僕にとっては、大好きな作家であるブルース・チャトウィンが愛用したノートというだけで意味があります。ストイックでハードなノートのビジュアルや質感と、行動する作家として知られたチャトウィンのイメージがぴったり重なり、同じノートを自分も使っていることに深い満足を感じるのです。アップルのiPhoneにしても、発売当初は違いましたが今となっては他社のスマートフォンと比べてデザインと性能が飛び抜けて優れているとはいえません。それでも、ジョブズらが体現す、アップル社の美意識に裏打ちされた『ストーリー』を買っているiPhoneファンは多いと思います」

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では、企業が自社製品のストーリーをつくり、消費者に向けて打ち出すにはどうすればいいのだろうか。

「ストーリーをつくるのは、企業側の美意識です。その企業ならではの直感と感性を駆使して、拾い上げる要素と捨てる要素を見極めることが求められます。例えば、株式会社スープストックトーキョー代表取締役会長の遠山正道氏は、ビジネスが行き詰まった時期に店舗を自分のアート作品としてとらえ直したそうです。そして、『アルコールを置いて利益率を上げる』といった今までのやり方を、自分の美意識に反するものとして捨て去りました。結果として業績は再び上向きになり、その後も遠山氏は美意識を貫く経営を徹底しています。美意識をもつことが正しい決断につながり、中長期的にはその企業を守ることになるのではないでしょうか」

美意識というと難しそうだが、まずは企業として「ありたい姿」を考え抜くことが、美意識を経営に活かす第一歩となりそうだ。後編では、美意識を育てる方法についてお聞きする。

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山口 周(Yamaguchi Shu)

慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通やボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループ株式会社にシニアクライアントパートナーとして参画。専門はイノベーション、組織開発、人材・リーダーシップ育成など。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』、『劣化するオッサン社会の処方箋』(いずれも光文社新書)など著書多数。

文/横堀夏代 撮影/石河正武